山上憶良の万葉集892-893番歌~アルケーを知りたい(1139)

▼これも教科書に出てくる超有名な山上憶良の作品、貧窮問答歌。
▼問答歌なので、憶良は前半で自分を「しかとあるわけではないひげを掻き撫でて、世の中に俺ほどの人物はいないぞと威張って見るけど寒くて仕方ないので麻布団を引き被って、それでもまだ寒いのでありったけの服を着る」といい、自分より劣悪な環境にいる人々はどうやって過ごしているのだろうか、と問いかける。
▼この問いかけに対して貧しい一家の主人が答える、という構成。

 貧窮問答の歌一首 幷せて短歌
風交り 雨降る夜の 雨交り 雪降る夜は すべもなく 寒くしあれば 堅塩を とりつづしろひ 糟湯酒 うちすすろひて しはぶかひ 鼻びしびしに しかとあらぬ ひげ掻き撫でて 我れをおきて 人はあらじと 誇ろへど 寒くしあれば 麻衾 引き被り 布肩衣 ありのことごと 着襲(きそ)へども 寒き夜すらを 我れよりも 貧しき人の 父母は 飢ゑ寒ゆらむ 妻子どもは 乞ふ乞ふ泣くらむ この時は いかにしつつか 汝が世は渡る
 天地は 広しといへど 我がためは 狭くやなりぬる
 日月は 明しといへど 我がためは 照りやたまはぬ
 人皆か 我のみやしかる
 わくらばに 人とはあるを 人並みに 我れも作るを
 綿もなき 布肩衣の 海松のごと わわけさがれる かかふのみ 肩にうち掛け
 伏廬の 曲廬の内に 直土に 藁解き敷きて
 父母は 枕の方に 妻子どもは 足の方に 囲み居て 憂へさまよひ
 かまどには 火気吹き立てず 甑(こしき)には 蜘蛛の巣かきて
 飯炊(いひかし)く ことも忘れて
 ぬえ鳥の のどよひ居るに いとのきて
 短き物を 端切ると いへるがごとく
 しもと取る 里長が声は 寝屋処まで 来立ち呼ばひぬ
 かくばかり すべなきものか 世の中の道 万892
*雨風や雪の夜。寒いから堅塩をかじり酒粕の湯をすする。くしゃみが出て鼻水も止まらない。あるかないか分からないくらいのあごひげを掻き撫でて、俺をおいて人物はおらぬ、などと強がってみる。でも寒いので布団を引き被り、重ね着する。このような夜、私より貧しい家の父や母は寒かろう。妻や子どもは腹が減ったと泣いているだろう。こんな時はどうやってしのいでいるのだろうか。
 お答えしましょう。
 天地は広いと世間は言うけれど、私のためには狭くなっております。
 日月は明るいと世間は言うけれど、私のためには照ってくれません。
 人は皆そうなのでしょうか、私だけでしょうか。
 幸いこの世に人として生まれ、人並みに働いているのに
 中綿が抜けてぼろぼろになった服を引き被るように肩にかけ
 傾いた小屋で、床もないので地面に直接藁を敷いて
 父母は私の頭の方、妻子どもは足の方で私を取り囲み、情けないと言う
 かまどに火を入れることなく、甑には蜘蛛の巣がはっており
 飯を炊いていたことなど忘れてしまうほど
 情けなさでひいひい言っているところに
 短いものからさらにその端を切るとでも言うように
 鞭を手にしてわめく里長の声が小屋の中まで響いて来る
 このようにどうしようもないものか、この世というものは

世の中を厭(う)しと恥(やさ)しと思へども 飛び立ちかねつ鳥にしあらねば 万893
*世の中とは嫌な所、身も細るような所、だからといって飛び立つこともできない。鳥ではないから。

 山上憶良 頓首 謹上

【似顔絵サロン】憶良(660-733)の同時代人。長屋王 ながやおう 676 - 729 53歳。奈良時代前期の皇親・政治家。長屋王の変。














〔参考〕
伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%8A%E6%86%B6%E8%89%AF
https://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/okura2.html

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