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万葉集巻第七1236‐1243番歌(静けくも岸には波は)~アルケーを知りたい(1353)

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▼今回は海の波の音が聞こえてきそうな歌。九州は宮崎の一ッ葉海岸には太平洋の波が ダイナミックに 岸に寄せていた、という幼い頃の記憶あり。子どもだったから波がいっそう大きく「 大海の磯もと揺り立つ波 」のように見えたのかも知れない。 夢のみに継ぎて見えつつ高島の 磯越す波のしくしく思ほゆ  万1236 *夢の中では続けて見るのだけれど高島の磯を越す波のように繰返し思い出されることがあります。 静けくも岸には波は寄せけるか これの屋通し聞きつつ居れば  万1237 *静かに波が岸に寄せています。宿の壁を通してその音を聞いています。 高島の安曇白波は騒けども 我れは家思ふ廬り悲しみ  万1238 *高島の安雲では白波の音が高く響いています。私は宿で家を思い出してしんみりしています。 大海の磯もと揺り立つ波の 寄せむと思へる浜の清けく  万1239 *大海の磯をもとから揺さぶるような波が寄せています。浜は清いです。 玉櫛笥みもろと山を行きしかば おもしろくしていにしへ思ほゆ  万1240 *みもろと山を散策すると、風景が面白く、昔のことに思いを馳せます。 ぬばたまの黒髪山を朝越えて 山下露に濡れにけるかも  万1241 *黒髪山を朝超えていると、山の露に濡れてしまいました。 あしひきの山行き暮らしやど借らば 妹立ち待ちてやど貸さむかも  万1242 *山を歩いて日暮れに宿を探していると客引き女が待ち構えて案内してくれるかな。 見わたせば近き里みをた廻り 今ぞ我が来る領巾振りし野に  万1243 *見わたすと近そうに見える里だけど、なかなか着かない。・・・ようやく領巾を振ってお別れした野にやって来ました。 【似顔絵サロン】 同時代の乱、藤原広嗣の乱の関係者: 紀 飯麻呂  き の いいまろ 690年 - 762年 奈良時代の公卿。740年、藤原広嗣の乱では、持節大将軍・大野東人の下で征討副将軍。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第七1229‐1235番歌(ちはやぶる鐘の岬を)~アルケーを知りたい(1352)

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▼1234と1204 ( 浜清み磯に我が居れば見む人は 海人とか見らむ釣りもせなくに ) や 1187 (網引する海人とか見らむ 飽くの浦の清き荒磯を見に来し我れを) は同じ趣向。今の自分を人はどう見えるだろうか、という視点の歌。万葉時代も今も、我われはあれやこれや、変わらないなあ。 我が舟は明石の水門に漕ぎ泊てむ 沖へな離りさ夜更けにけり  万1229 *私たちの舟は明石の水門に泊まるために漕ぎ進みましょう。夜が更けてきたので沖から離れないように。 ちはやぶる鐘の岬を過ぎぬとも 我れは忘れじ志賀の統め神  万1230 *恐ろしい鐘岬を通り過ぎても、私は志賀の守り神を忘れません。 天霧らひひかた吹くらし水茎の 岡の港に波立ちわたる  万1231 *空に霧がかかって東の風が吹くようです。水茎の岡の港に波が立っています。 大海の波は畏ししかれども 神を斎ひて舟出せばいかに  万1232 *大海の波は恐ろしいけれども、神に祈り祭って舟を出してはいかがでしょうか。 娘子らが織る機の上を真櫛もち 掻上げ栲島波の間ゆ見ゆ  万1233 *娘子らが機織りするとき真櫛で掻き揚げるという栲島が波の間に見えますね。 潮早み磯に居れば潜きする 海人とや見らむ旅行く我れを  万1234 *潮の流れが早い磯で舟を泊めていると、人は私たちを素潜りする漁師と思うかも知れません。ホントは旅の途中なんですけど。 波高しいかに楫取水鳥の 浮寝やすべきなほや漕ぐべき  万1235 *波が高くなってきました。舵取りは水鳥のように舟を浮かべたまま昼寝するのかな、まだ漕ぎ進めるのかな。 【似顔絵サロン】同時代の乱、藤原広嗣の乱の関係者: 大野 東人  おおの の あずまびと ? - 742年 奈良時代の公卿・武人。大野果安の子。740年、藤原広嗣の乱のさい、広嗣と綱手を斬って鎮圧した持節大将軍。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第七1223‐1228番歌(海の底沖漕ぐ舟を)~アルケーを知りたい(1351)

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▼海ゆく舟の歌。1223番はなぜ「海の底」というのか分からないけど、沖合を進む舟をよく見たいからこっちに引き寄せたいという気持ちの歌、と思う。「海の底」いるのかなあ。 海の底沖漕ぐ舟を辺に寄せむ 風も吹かぬか波立てずして  万1223 *沖を漕ぎ進んでいる舟をもっとこちらに寄せてくれる風が吹いてくれないものか、波は立てずに。 大葉山霞たなびき夜更けて 我が舟泊てむ泊り知らずも  万1224 *大葉山に霞がたなびいています。夜になったというのに私の乗る舟はどこに停泊するかまだわかりません。 さ夜更けて夜中の方におほほしく 呼びし舟人泊てにけむかも  万1225 *夜が更けて、はっきりしない声で呼びかけ合っていた舟人たちは、どこかよい所に舟を泊められたのだろうか。 三輪の崎荒磯も見えず波立ちぬ いづくゆ行かむ避き道はなしに  万1226 *三輪崎の荒磯が見えないくらい波が立っています。これからどこに進むのでしょう。避ける道もないというのに。 磯に立ち沖辺を見れば藻刈り舟 海人漕ぎ出らし鴨翔る見ゆ  万1227 *磯に立って沖を見やると、漁師が藻刈り舟を漕ぎ出しているらしい、鴨が飛んでいるのが見えます。 風早の三穂の浦みを漕ぐ舟の 舟人騒く波立つらしも  万1228 *風早の三穂の浦あたりで舟の船頭が騒いでいます。どうやら、これから海が荒れるらしい。 【似顔絵サロン】同時代の乱、藤原広嗣の乱の関係者: 凡河内 田道  おおしこうち の たみち ? - 740年 奈良時代の武人。藤原広嗣の乱で、大野東人の率いる追討軍に討たれ戦死。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第七1201‐1207番歌(浜清み磯に我が居れば)~アルケーを知りたい(1350)

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▼今回も海を詠う歌。1204番は「私がここでこうしていると人は私を漁師と思うでしょう」型の歌。人が見たらという想定。そのように人に見られたければ、そのように振る舞えば良い、という教訓になりそう。 大海の水底響み立つ波の 寄せむと思へる磯のさやけさ  万1201 *大海の波が水底から響くように打ち寄せているのかと思うほどの磯。なんと清らかなことでしょう。 荒磯ゆもまして思へや玉の浦の 離れ小島の夢にし見ゆる  万1202 *荒磯に勝ると無意識に思っているからか、玉の浦の離れ小島を夢で見ました。 磯の上に爪木折り焚き汝がためと 我が潜き来し沖つ白玉  万1203 *磯の上の焚火で暖を取りながら、貴方様のために私が沖で潜って採ったアワビ玉です、これは。 浜清み磯に我が居れば見む人は 海人とか見らむ釣りもせなくに  万1204 *清い浜磯に私がいると、人は私を漁師と思うかも知れません。釣りもしてないけれども。 沖つ楫やくやくしぶを見まく欲り 我がする里の隠らく惜しも  万1205 *沖に出て楫を漕ぐ音が静まった、私はもっと里を見ていたいのに波で隠れるのが惜しい。 沖つ波辺つ藻巻き持ち寄せ来とも 君にまされる玉寄せめやも   一には「沖つ波辺波しくしく寄せ来とも」といふ  万1206 *沖から波が藻を巻き込んで打ち寄せます。「沖から波がしきりに打ち寄せます」。それでも貴方様に勝る玉はありません。 粟島に漕ぎ渡らむと思へども 明石の門波いまだ騒けり  万1207 *粟島に舟で漕ぎ渡りたいと思うけれども、明石の門の波がまだ高い。 【似顔絵サロン】同時代の乱、藤原広嗣の乱の関係者: 大和 長岡  やまと の ながおか 689年 - 769年 奈良時代の貴族・明法家。広嗣の乱に連座して流罪。のち赦免、役人に復帰。地方官としての仁恵なし。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第七1196‐1200番歌(手に取るがからに忘ると)~アルケーを知りたい(1349)

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▼1196番を「Aを求められたときのためにBを用意する。だからCよ、邪魔しないでね」のフレームと見れば、応用して遊べる。例えば、A=話題、B=小話、C=YouTube。こうしてみると万葉の歌たらしめているものと、そうでないものの違いを感じる。何か分からないけど。 つともがと乞はば取らせむ貝拾ふ 我れを濡らすな沖つ白波  万1196 *お土産はなに?と聞かれたら、渡したい。そのための貝を拾うので、沖から来る白波よ、私を濡らさないでおくれ。 手に取るがからに忘ると海人の言ひし 恋忘れ貝言にしありけり  万1197 * 漁師が言うには、 手に取るだけで悩みが消える恋忘れ貝。そんな効果はありませんでした。 あさりすと磯に棲む鶴明けされば 浜風寒み己妻呼ぶも  万1198 *餌をとるため磯に棲んでいる鶴。明け方は寒い浜風が吹くので妻を呼んでいます。 藻刈り舟沖漕ぎ来らし妹が島 形見の浦に鶴翔る見ゆ  万1199 *海藻を刈り取りに舟が来たらしい。妹が島の形見の浦で鶴が飛び立つのが見えます。 我が舟は沖ゆな離り迎へ舟 片待ちがてり浦ゆ漕ぎ逢はむ  万1200 *私の舟よ、沖に出ないで欲しい。迎えの舟と浦で遭いたいから。 【似顔絵サロン】同時代の乱、藤原広嗣の乱の関係者:塩屋 古麻呂 しおや の こまろ ? - ? 奈良時代の官人・明法家(法学の研究者)。740年、藤原広嗣の乱に連座し流罪。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第七1218‐1222、1194‐1195番歌(黒牛の海紅にほふ)~アルケーを知りたい(1348)

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▼番号は飛んでいるけど一連の歌7首。作者は中臣鎌足の次男、藤原不比等らしい。十代の時期に苦労した環境(と本人の資質)が、優しいおっとり味がする歌の詠み手にした、と思わせる。 1218番の黒牛の海は、 和歌山県海南市にある黒江湾。 黒牛の海紅にほふももしきの 大宮人しあさりすらしも  万1218 *黒牛の海が紅色に輝いている、と思ったら宮廷の女官たちが漁をしているらしいです。 若の浦に白波立ちて沖つ風 寒き夕は大和し思ほゆ  万1219 *若ノ浦に白波が立っています。沖の風が寒い夕方は故郷の大和の国を思い出します。 妹がため玉を拾ふと紀伊の国の 由良の岬にこの日暮らしつ  万1220 *妻の土産にと思って玉を拾い集めていると、紀伊の国の由良の崎で一日が過ぎてしまいました。 我が舟の楫はな引きそ大和より 恋ひ来し心いまだ飽かなくに  万1221 *私が乗っている舟を動かさないでください。この風景に憧れてはるばる 大和から 来た気持ちを満たすため。 玉津島見れども飽かずいかにして 包み持ち行かむ見ぬ人のため  万1222 *玉津島はいくら見ても見飽きない。どうやってこの景色を土産にしようか、見ていない人のために。 紀伊の国の雑賀の浦に出で見れば 海人の燈火波の間ゆ見ゆ  万1194 *紀伊の国の雑賀浦に出て見ると、漁師の燈火が波の間に見えます。 麻衣着ればなつかし紀伊の国の 妹背の山に麻蒔く我妹  万1195  右の七首は、藤原卿が作。いまだ年月審らかにあらず。 *麻の服を着ると、紀伊の国の妹背山で麻の種蒔きをする我が妻を懐かしく思い出します。 【似顔絵サロン】 同時代の乱、藤原広嗣の乱の関係者: 小野 東人  おの の あずまひと ? - 757年 奈良時代の貴族。740年、藤原広嗣の乱に連座し杖罪100回、伊豆国へ流罪。757年、橘奈良麻呂の乱に連座し杖で打たれる拷問の末、獄死。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第七1191‐1217番歌(妹が門出入の川の)~アルケーを知りたい(1347)

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▼1191番は、「門を出入りする」動作と「出入川」という川の名前をかける技と馬がよろめいたら家人が自分を思い出しているという当時の因果話を結合した歌。今回の歌は、似たような調子で山や花を擬人化して詠った作品群。風景と感情の結び付け方が面白い。 妹が門出入の川の瀬を早み 我が馬つまづく家思ふらしも  万1191 *出入川の流れが早いせいか、乗っている馬がよろめきました。これは家人が私を思っている印でしょう。 白栲ににほふ真土の山川に 我が馬なづむ家恋ふらしも  万1192 *白い布のように輝く真土の山川で、乗っている馬がよろめきました。 これは 家人が私を思っている印でしょう。 背の山に直に向へる妹の山 言許すせやも打橋渡す  万1193 *背山と向き合う妹山。背山の申し出を許したかのように、二つの山の間には橋が渡っています。 人にあらば母が愛子ぞあさもよし 紀の川の辺の妹と背の山  万1209 *人に例えるなら、母親にとっての愛しい子らです。紀の川の妹山と背山は。 我妹子に我が恋ひ行けば羨しくも 並び居るかも妹と背の山  万1210 *妻を恋しく思いながら旅していると、うらやましいことに妹山と背山が仲良く並んでいるのが見えます。 妹に恋ひ我が越え行けば背の山に 妹に恋ひずてあるが羨しさ  万1208 *妻を恋しく思いながら旅路を進んでいると、背山と妹山が仲良く並んでいて、羨ましい。 妹があたり今ぞ我が行く目のみだに 我れに見えこそ言とはずとも  万1211 *妹山あたりを今、私は進んでいます。何も言わなくてよいから、顔だけでも見せて欲しいです。 足代過ぎて糸鹿の山の桜花 散らずもあらなむ帰り来るまで  万1212 *足代を過ぎたところにある糸鹿山の桜花よ。私が帰るまで散らないでおくれ。 名草山言にしありけり我が恋ふる 千重の一重も慰めなくに  万1213 *「名草」山とは言葉だけのものだった。私の積もるほどの思いのうちの一つの「慰め」にもならないのだから。 安太へ行く小為手の山の真木の葉も 久しく見ねば蘿生しにけり  万1214 *安太に行く小為手山に生えている杉や欅。長らく見ないうちに苔が生しています。 玉津島よく見ていませあをによし 奈良なる人の待ち問はばいかに  万1215 *玉津島をよく御覧になっておいてください。奈良でお帰りを待っている人に様子を聞かれたと...