万葉集巻第七1229‐1235番歌(ちはやぶる鐘の岬を)~アルケーを知りたい(1352)

▼1234と1204(浜清み磯に我が居れば見む人は 海人とか見らむ釣りもせなくに)1187(網引する海人とか見らむ 飽くの浦の清き荒磯を見に来し我れを)は同じ趣向。今の自分を人はどう見えるだろうか、という視点の歌。万葉時代も今も、我われはあれやこれや、変わらないなあ。

我が舟は明石の水門に漕ぎ泊てむ 沖へな離りさ夜更けにけり 万1229
*私たちの舟は明石の水門に泊まるために漕ぎ進みましょう。夜が更けてきたので沖から離れないように。

ちはやぶる鐘の岬を過ぎぬとも 我れは忘れじ志賀の統め神 万1230
*恐ろしい鐘岬を通り過ぎても、私は志賀の守り神を忘れません。

天霧らひひかた吹くらし水茎の 岡の港に波立ちわたる 万1231
*空に霧がかかって東の風が吹くようです。水茎の岡の港に波が立っています。

大海の波は畏ししかれども 神を斎ひて舟出せばいかに 万1232
*大海の波は恐ろしいけれども、神に祈り祭って舟を出してはいかがでしょうか。

娘子らが織る機の上を真櫛もち 掻上げ栲島波の間ゆ見ゆ 万1233
*娘子らが機織りするとき真櫛で掻き揚げるという栲島が波の間に見えますね。

潮早み磯に居れば潜きする 海人とや見らむ旅行く我れを 万1234
*潮の流れが早い磯で舟を泊めていると、人は私たちを素潜りする漁師と思うかも知れません。ホントは旅の途中なんですけど。

波高しいかに楫取水鳥の 浮寝やすべきなほや漕ぐべき 万1235
*波が高くなってきました。舵取りは水鳥のように舟を浮かべたまま昼寝するのかな、まだ漕ぎ進めるのかな。

【似顔絵サロン】同時代の乱、藤原広嗣の乱の関係者:大野 東人 おおの の あずまびと ? - 742年 奈良時代の公卿・武人。大野果安の子。740年、藤原広嗣の乱のさい、広嗣と綱手を斬って鎮圧した持節大将軍。















〔参考〕
伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。
https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

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