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万葉集巻第6_1028番歌(ますらをの高円山に)~アルケーを知りたい(1860)

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▼今回はムササビの歌。今回は1028番のムササビだが、これに先立つ267番で登場している。同じムササビかどうかは分からないけど。 むささびは木末求むとあしひきの 山のさつ男にあひにけるかも 万267 *ムササビは木の末をめざしたら、山のさつ男と出くわしてしまった。 ▼山のさつ男やますらをは、毛皮にするためムササビを捕っていた。暖かいらしい。1028番のムササビは歌になったあと、間違いなく毛皮にされている。   十一年己卯に、天皇、高円の野に遊猟したまふ時に、小さき獣都里の中に泄走す。 ここにたまさかに勇士に逢ひ、生きながらにして獲らえぬ。 すなはち、この歌をもちて御在所に献上るに副ふる歌一首 獣の名は、俗には「むざさび」といふ ますらをの高円山に迫めたれば 里に下り來るむざさびぞこれ  万1028 *益荒男が高円山に上ったので、里に逃げて下りて来たムササビです、これは。   右の一首は、 大伴坂上郎女 作る。 ただし、いまだ奏を経ずして小さき獣死斃ぬ。 これによりて歌を献ること停む。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1026-1027番歌(ももしきの大宮人は)~アルケーを知りたい(1859)

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▼橘諸兄の家で宴会のときの歌の続き。前回に続く後半の二首。前の二首との関連はなさそう。宴会ではどういう流れでこの二首が出たのだろう。1026番は忙しくて自分の領地に行く暇がない大宮人を詠った作。これ、不在地主を揶揄しているのだろうか、と思ふ。1027番はそんな見方に対して、物思いしていることは人には分からんだろう、と返す。これも諸兄宅の宴会の一コマ。 ももしきの大宮人は今日もかも 暇をなみと里に行かずあらむ  万1026 *大宮人は今日も忙しいからといって領地に帰らないのだろうか。   右の一首は、右大臣伝へて「故 豊島采女 が歌」といふ。 橘の本に道踏む八衢に 物をぞ思ふ人に知らえず  万1027 *あれやこれやと物思いしているのだが、人には分かってもらえない。   右の一首は、右大弁 高橋安麻呂 卿語りて「故豊島采女が作なり」といふ。 ただし、或本には「 三方沙弥 、妻園臣に恋ひて作る歌なり」といふ。 しからばすなはち、豊島采女は当時当所にしてこの歌を口吟へるか。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1024-1025番歌(長門なる沖つ借島)~アルケーを知りたい(1858)

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▼言わなくても分かる、とか、以心伝心という言葉があるけど、今回の1024番と1025番のやりとりは、そうではない。口に出して、気持ちを伝えた歌。素朴、率直、まっすぐ。賢げな言い回しがない。こういう言い方ができる人になりたい。  秋の八月の二十日に、右大臣橘家にして宴する歌四首 長門なる沖つ借島奥まへて 我が思ふ君は千年にもがも  万1024 *心の奥から思っている我が君におかれては千年めざして長生きしていただきたいです。   右の一首は長門守 巨曾倍対馬 朝臣。 奥まへて我を思へる我が背子は 千年五百年ありこせぬかも  万1025 *同様に貴方様も五百年も千年も長生きしてください。  右の一首は 右大臣 が和ふる歌。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1022-1023番歌(父君に我れは愛子ぞ)~アルケーを知りたい(1857)

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▼都から土佐に配流された人の嘆き歌四首の後半二首。本人がいろいろ言うとります(笑)。1022番は怖いところに連れていかれるという嘆き。1023番は途中で人気の観光スポットに寄れないという嘆き。石上乙麻呂卿と言う人、反省しているのか図太いのか、よく分からない人物。 父君に 我れは愛子ぞ 母刀自に 我れは愛子ぞ 参ゐ上る 八十氏人の 手向けする  畏の坂に 幣奉り 我れはぞ追へる 遠き土佐道を  万1022 *私は父と母の大事な息子であるのに、皆が厄除けに幣を奉る恐ろしい道を通って遠い土佐まで行かねばならない。  反歌一首 大崎の神の小浜は狭けども 百舟人も過ぐと言はなくに  万1023 *大崎の神の小浜は狭いけれども、舟で旅する人なら素通りすることはないと言うのに。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1020(1021)番歌(大君の命畏み)~アルケーを知りたい(1856)

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▼今回も女性問題で流罪になった高官の歌。前回は男が詠んだ歌、今回は女が詠んだ歌。無事の帰還を祈る内容になっている。参考書の脚注によると妻の立場で詠んでいる。万葉集巻6の編集者はこの歌の歌番号をひとつ間違えているのが可笑しい。なぜ気を散らしたのかなあ。 大君の 命畏み さし並ぶ 国に出でます はしきやし 我が背の君を かけまくも ゆゆし畏し 住吉の 現人神 船舳に うしはきたまひ 着きたまはむ  島の崎々 寄りたまはむ  磯の崎々 荒き波  風にあはせず 障みなく  病あらせず 速けく 帰したまはね もとの国辺に 万1020 *大君のご命令ですので夫は遠い地へ流罪になりましたが、途中で事故にも病にも遭わず速やかに帰って元に戻れますように。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1019番歌(石上布留の命は)~アルケーを知りたい(1855)

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▼今回は、女性問題で流刑になった高官を詠った長歌。「馬じもの綱取り付け、鹿じもの弓矢囲みて」で「馬鹿」になるのが面白い。   石上乙麻呂 卿、土佐の国に配さゆる時の歌三首  幷せて短歌 石上 布留の命は たわや女の 惑ひによりて 馬じもの 綱取り付け 鹿じもの 弓矢囲みて 大君の 命畏み 天離る 鄙辺に罷る 古衣 真土山より 帰り来ぬかも 万1089 *女に迷ったせいで都を追放されド田舎に流されることになった。帰って来れるのだろうか。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1018 番歌(白玉は人に知らえず)~アルケーを知りたい(1854)

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▼今回は「知らず」を繰り返す印象的な歌。27番歌「 よき人のよしとよく見てよしと言ひし吉野よく見よよき人よく見」を思い出す。27番は天武天皇が皇子たちに伝えたメッセージソング。今回の1018番は元興寺のお坊さんが自分を励ます歌。前書きと後書きでシチュエーションが分かるので助かる。助かるものの、前後に「嘆く」とあるから、嘆きの歌なんだと思ってしまうけど、歌じたいは嘆くのではなく、自らを納得鼓舞する内容。   十年戊寅に、 元興寺の僧 が自ら嘆く歌一首 白玉は人に知らえず知らずともよし 知らずとも我れし知れらば知らずともよし  万1018 *貴重な白玉の存在は人に知られていない。それで良い。私も人に知られていないが、自分が分かっているのでこれで良いのだ。   右の一首は、或いは「元興寺の僧、独覚にして多智なり。 いまだ顕聞あらねば、諸衆狎侮る。 これによりて、僧この歌を作り、自ら身の才を嘆く」といふ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6