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万葉集巻第7_1158番歌(住吉の沖つ白波)~アルケーを知りたい(1977)

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▼この歌を見ると思い出すのが宮崎市の一ッ葉海岸。太平洋の波が直接どーんと来る。そして、その波が来寄する浜を見れば清しも、は歌のとおり。子どもだったので波の音と迫力が怖かった。この歌は大阪の住吉に面した海なので一ッ葉海岸の波よりすこし穏やかじゃないかと思うんだけど、どうだろう。 住吉の沖つ白波風吹けば 来寄する浜を見れば清しも  万1158 *住吉の海の沖で白波が立っている。風が吹いて波が寄せる浜を見るとなんとも清らかだ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1157番歌(時つ風吹かまく知らず)~アルケーを知りたい(1976)

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▼天気を心配して早めに動きましょう、という歌。今も昔も変わらないなあ。 時つ風吹かまく知らず吾児の海の 朝明の潮に玉藻刈りてな  万1157 *海の強い風がいつ吹きだすか分かりません。だから玉藻を刈りに 朝早く 吾児の海に出かけましょう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1156番歌(住吉の遠里小野の)~アルケーを知りたい(1975)

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▼今回は、ある意味怖い歌(笑)。なぜかというと下の句の「衣の盛り過ぎゆく」というフレーズ。まさにオレやん、と。ま、それは置いといて、1156番は人との関係、おそらくは男女の距離感を表した歌だ。衣なら神さびてヴィンテージ感が出て来るから、嘆息ぎみの表現はしないだろう。というわけで今回はちょっぴり心に痛い歌。 住吉 (すみのえ) の遠里小野 (とほさとおの) の真榛 (まはり) もち 摺れる衣の盛り過ぎゆく  万1156 *住吉の遠里小野のハンノキの染料で染めた衣なのに、だんだんと色褪せている。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1155番歌(名児の海の朝明のなごり)~アルケーを知りたい(1974)

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▼今回の歌、遠浅の岸があるところだとお馴染みの風景。潮が引いた後にできる水たまり。いろんな形や大きさで現れる。時間が経つとだんだん消える。引いたときに奥まで行って小石や貝拾いに夢中になっていると、潮が満ちて帰り道がなくなる。 名児の海の朝明のなごり今日もかも 磯の浦みに乱れてあるらむ  万1155 *名児の海で朝早い時間に見られる潮だまり。今日の磯の浦にも乱れて現れているだろう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1154番歌(雨は降る仮廬は作る)~アルケーを知りたい(1973)

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▼今回は、そんな経験あるある、分かるわーと共感しながら笑える歌。 雨は降る仮廬は作るいつの間に 吾児の潮干に玉は拾はむ  万1154 *雨が降り出すわ、仮庵は作らねばならないわで、大忙し。吾児の潮干で玉を拾う時間はあるのかな。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1153番歌(住吉の名児の浜辺に)~アルケーを知りたい(1972)

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▼これはいい思い出だな、同じような経験は自分にもあるな、という懐かしい気持ちになる。これは誰かと一緒に名児の浜に行って楽しく玉拾いした思い出だろう。誰だったか思い出せないけれど、あの場所で楽しかった記憶が玉のように輝いている。 住吉の名児の浜辺に馬立てて 玉拾ひしく常忘らえず  万1153 *住吉の名児の浜辺に馬を駐めて、玉拾いに興じた思い出が忘れられない。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1152番歌(楫の音ぞほのかにすなる)~アルケーを知りたい(1971)

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▼今回は、働き者に思いを寄せた歌。海人娘子が朝早くから舟を出して沖で藻を刈るんだ、その楫の音が聞こえて来るといういい歌だなーと思ったら「夕されば」というバリエーションがくっついていた。ということは、夕方? 沖の藻を刈るのになぜ夕方なのだろう、と分からなくなった。 楫の音ぞほのかにすなる海人娘子 沖つ藻刈りに舟出すらしも   一には「夕されば楫の音すなり」といふ  万1152 *楫の音がほのかに聞こえて来る。きっと海人と娘子が沖で藻刈りするため舟を出しているのだろう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7