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万葉集巻第6_988番歌(春草はうつろふ)~アルケーを知りたい(1836)

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▼今回、和歌には不思議なところがあると感じる歌。988番は息子が父親の長寿を祈っていますよと詠う歌でそれが下の句。上の句はメインのメッセージを引き出す役だ。そこに移ろふ春草を持ってきている。ここが不思議。常盤を象徴する山の木や川の流れを引き合いに出して、これらと同じく父上も常盤にいませと言うのではなく、移ろうものを出す。言霊的にそれで大丈夫なのか、コントラストが効きすぎちゃうか、と思ってしまう。マジで。   市原王 、宴にして父 安貴王 を禱く歌一首 春草はうつろふ巌なす 常磐にいませ貴き我が君  万988 *春の草は移ろいますので、しっかりとした岩のようにいつまでもお元気でいて欲しい父上です。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_987番歌(待ちかてに我がする月は)~アルケーを知りたい(1835)

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▼「月はまだかな、山に隠れているんだね」はお約束の表現形式になっているようだ。海から月が上る歌はあったかなと思うくらいだから、月は山とセットで詠われれるのだ。こう思っておくと、月が海と詠われた作品に出会った時、驚けるはず。   藤原八束 朝臣が月の歌一首 待ちかてに我がする月は妹が着る 御笠の山に隠りてありけり  万987 *いくら待っても現れなかった月は御笠の山に隠れていたのだね。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_985-986番歌(天にいます月読壮士)~アルケーを知りたい(1834)

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▼月読壮士の歌。月読壮士とは月の呼び方。故 中川健二さんが木版画で 月読シリーズを表現しておられた。何も知らない私は「月読? なんですか?」だったけど、今になって万葉の時代から人は月を詠っていたことを知りました。   湯原王 が月の歌二首 天にいます月読壮士賄はせむ 今夜の長さ五百夜継ぎこそ  万985 *天にいらっしゃる月読壮士様をおもてなししましょう。今夜の長さを五百倍に伸ばしてもらいたいから。 はしきやし間近き里の君来むと おほのびにかも月の照りたる  万986 *近くの村から貴方様がおいでになるから、月が道を照らしているのです。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_984番歌(雲隠りゆくへをなみと)~アルケーを知りたい(1833)

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▼万葉集の歌は、誰がどうしたという話か分からない歌がままある。今回の984番もそのひとつ。私は雲に隠れた月がどこにいるのか知りたい、貴方様はその月を見たい、というそんな話だろう。分かりにくさの理由は、前半と後半に見られる主語述語の倒置だろう。ここで得られる教訓は、まず主語、次に述語の順で書くと分かりにくさが減る、ということ。   豊前の国の娘子 が月の歌一首 娘子、字を大宅といふ。 姓氏いまだ詳らかにあらず。 雲隠りゆくへをなみと我が恋ふる 月をや君が見まく欲りする  万984 *雲に隠れてしまった月を、貴方様は恋しいよ、見たいよと思ってらっしゃるのでしょう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_981-983番歌(猟高の高円山を)~アルケーを知りたい(1832)

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▼今回は月の三部作。981番では月の出方が遅いのは山が高いからと詠っている。山のせいにするのは万葉の定番なの?(笑)。982番のぬばたまのは枕詞、照れるは(たぶん)形容動詞的なやつ。おかげで和歌らしさが出て来る。983番は月の呼び方を変えて夜空を動く様子を楽しく綺麗に歌いだしている。さすが坂上郎女。   大伴坂上郎女 が月の歌三首 猟高 (かりたか) の高円山を高みかも 出で来る月の遅く照るらむ  万981 *高円山が高いから、月が顔を出して照るのが遅い。 ぬばたまの夜霧の立ちておほほしく 照れる月夜の見れば悲しさ  万982 *夜霧が立つなか薄ぼんやりと月が照る夜は何となく悲しい。 山の端のささら愛壮士 (えをとこ)   天の原門 (はらと) 渡る光見らくしよしも  万983 *山の端に見える可愛い月。天を渡る光を眺めるのは心地よい。   右の一首の歌は、或いは「月の別名 (またのな) をささら愛壮士といふ。 この辞によりてこの歌を作る」といふ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_980番歌(雨隠る御笠の山を)~アルケーを知りたい(1831)

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▼今回はまだ現れない月を詠った歌。待っているのに月がなかなか出ないなあ、山が高いからか。時が流れて夜は更けているのに。この歌の月は、実は人のことではないのか(笑)。   安倍朝臣虫麻呂 が月の歌一首 雨隠る御笠の山を高みかも 月の出で来ぬ夜は更けにつつ  万980 *御笠山が高いせいか、月が出ないまま夜が更けてゆく。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_979番歌(我が背子が着る衣)~アルケーを知りたい(1830)

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▼親戚の優しいおばちゃんが甥っ子を気にかける歌。いいなー。   大伴坂上郎女 、姪家持の佐保より西の宅に還帰るに与ふる歌一首 我が背子が着る衣薄し佐保風は いたくな吹きそ家に至るまで  万979 *私の甥っ子は軽装なので家に着くまで、佐保の風よ、強く吹かないでおくれ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6