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万葉集巻第1_77番歌(我が大君ものな思ほし)~アルケーを知りたい(1782)

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▼今回の77番歌は、 元明天皇の76番歌「 ますらをの鞆 (とも) の音すなり 物部の大臣 (おほまへつきみ) 楯立つらしも」に 御名部皇女が 応えた歌。 御名部皇女と 元明天皇は共に天智天皇の娘。しかも 御名部皇女は 同母姉。だから77番は、天皇に即位して責任の重さを感じて不安そうにしている妹を実の お姉さんが 思いやっている歌だ。  御名部皇女 の和へ奉る御歌 我が大君ものな思ほし統め神の 継ぎて賜へる我がなけなくに  万77 *我が大君は物思いし続けておられます。国を率いるお立場を引き継いだからでしょうか。私もお力になります。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_76番歌(ますらをの鞆の音すなり)~アルケーを知りたい(1781)

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▼今回は708年の元明天皇の 「ますらを」で始まる 御歌。外から聞こえる鞆の音を聞いた天皇が頼もしいと思っているのか、やや不安を感じているのか、分からない。どうなんだろう?  和銅元年戊申 (つちのえさる)  天皇の御歌 ますらをの鞆 (とも) の音すなり 物部の大臣 (おほまへつきみ) 楯立つらしも  万76 *益荒男の鞆の音が聞こえる。物部の大臣が楯を立てているらしい。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_75番歌(宇治間山朝風寒し)~アルケーを知りたい(1780)

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▼文武天皇が吉野の宮に行幸したときに長屋王が作った歌。26歳の時の作品。宇治間山は吉野にある山。寒さに強い昔の人が寒し旅と詠うくらいだから、相当冷え込んだのだろう。長屋王は藤原四兄弟と対立した結果、 53歳で 自刃することになる。その藤原四兄弟もその8年後に 天然痘で揃って亡くなり「長屋王の祟り」と言われた 。75番歌からは、生きている人間の体温が伝わる気がする。 宇治間山 (うぢまやま) 朝風寒し旅にして 衣貸すべき妹もあらなくに  万75 *宇治間山は朝風が格別寒い。旅の途中なので、着物を貸してくれる妻もいないのだ。  右の一首は 長屋王 。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_74番歌(み吉野の山のあらしの)~アルケーを知りたい(1779)

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▼74番を受けて、武蔵野の空の冷気の寒けくにはたや今日もみなで頑張ろう、の気持ち。  大行天皇、吉野の宮に幸す時の歌 み吉野の山のあらしの寒けくに はたや今夜も我がひとり寝む  万74 *吉野では山嵐が吹いてとても寒い。さてさて今夜も一人で寝るとしますか。  右の一首は、或いは「天皇の御製歌」といふ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_73番歌(我妹子を早見浜風)~アルケーを知りたい(1778)

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▼今回の73番歌は、というか、この歌も、「松」と「待つ」をかけて遊んでいる。真面目な顔で鑑賞しないといけないのか、ぷふふと笑っても良いものか、ちょっと戸惑ってしまう。結局、堅苦しくなるのはいやなので、おお、こりゃ駄洒落だな、「まつ」たくしょうがねえな、とほほ笑むことにします。 長皇子 の御歌 我妹子を早見浜風大和なる 我れ松椿吹かずあるなゆめ  万73 *我が妻に早く会いたい気持ちを代弁するように激しく吹く早見浜風よ。いま大和にいる私を地元で松(待つ ) ている椿をくれぐれも吹き忘れないように。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_72番歌(玉藻刈る沖辺は漕がじ)~アルケーを知りたい(1777)

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▼ 藤原四兄弟の宇合 (うまかい) さんの歌。この歌で、宇合さんの人物像がなんとなく浮かび上がって來る。でもそれが全体かどうか分からない。謎がたくさん。 玉藻刈る沖辺は漕がじ敷栲の 枕のあたり思ひかねつも  万72 *海に舟を出しても沖までは漕ぎ出ないでおきます。昨夜一緒だった女への思いが止まなくなるので。  右の一首は式部卿 藤原宇合 。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_71番歌(大和恋ひ寐の寝らえるに)~アルケーを知りたい(1776)

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▼今回も天皇の行幸に随行した人が、里が恋しいとつぶやく歌。天皇としては、随行者たちが、里を恋しがってばかりで行幸を誉める歌を詠んでないのをどう思うだろう。おのおの好きに歌に出来て、それが万葉第一巻のコレクションに入るとは! 自由ぶりがすごい。 大行天皇 (さきのすめらみこと) 、難波の宮に幸す時の歌 大和恋ひ寐 (い) の寝 (ね) らえるに心なく この洲崎 (すさき) みに鶴鳴くべしや  万71 *大和が恋しくて寝るに寝られない。それなのに鶴が心なくも洲崎で鳴いたりして良いものか。  右の一首は 忍坂部乙麻呂 。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1