投稿

万葉集巻第7_1133番歌(すめろきの神の宮人)~アルケーを知りたい(1952)

イメージ
▼吉野詣では、場の良さだけでなく、代々の宮人に倣う気持ちがあるようだ。ここで吉野の盟約があったのだなあ、とか、持統天皇は30回以上行幸したのだなあ、とか、農繁期の行幸は民の負担になるからお止めくださいと諫めた 三輪高市麻呂は偉いやっちゃなあとか。自分がいろんなことに「いやとこしへに我かへり見む」のを忘れていた、と怖くなる。 すめろきの神の宮人ところづら いやとこしくに我れかへり見む  万1133 *代々の大君に仕えてきた宮人と同じく、吉野を見に我らも戻ってこよう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1132番歌(夢のわだ言にしありけり)~アルケーを知りたい(1951)

イメージ
▼今回の歌は、ツンデレだ、と思ふ。嬉しいくせに素直に嬉しいと言わず、独特の言い回しをしている。素直に言えよ、と思ひつつもスルーしがたい歌。 夢のわだ言にしありけりうつつにも 見て来るものを思ひし思へば  万1132 *「夢のわだ」とは言葉だけの存在になった。思い続けていたものを実際に見て来たので。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1131番歌(皆人の恋ふるみ吉野)~アルケーを知りたい(1950)

イメージ
▼まあね、そりゃそうだよね、という気持ちになれる歌。儲けもんは、いつか使ってみたい「うべも恋ひけり」に出会ったこと、かな。 皆人の恋ふるみ吉野今日見れば うべも恋ひけり山川清み  万1131 *みんなが大好きな吉野、その理由ははっきりしています、今日も山と川の清らかですから。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1130番歌(神さぶる岩根こごしき)~アルケーを知りたい(1949)

イメージ
▼今回の歌の末尾が「悲しも」。なぜ吉野の水分山を見ると悲しくなるのだろう。悲しい、の意味が 伊藤博訳注によると 「悲しいまでに身が引き締まる」さま、万葉百科によると「切ないこと」 を言う。どうやら「悲し」は複雑な味を表す言葉だ。日本の風土、人、歴史から生えて来た言葉なんだな、と思った次第。  吉野作 神さぶる岩根こごしきみ吉野の 水分山を見れば悲しも  万1130 *神さびた様子のごつごつした岩がある吉野の水分山。ここを見ると身が引き締まる思いです。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1129番歌(琴取れば嘆き先立つ)~アルケーを知りたい(1948)

イメージ
▼ 今回は 楽器の音を出す前に嘆きが先立つ、という歌。 どう解釈するのが正解なのか分からないけど、作者の気持ちが分かるような気がする歌。琴のボディの空間は霊魂が宿る場所と思われていたという。楽器を鳴らそうという時間はそれまでの時間の流れとちょっと違う。楽器を前にしたその瞬間、心で思っていたことがほろりと出て来る。レッスンだと、先生から集中しなさい!と注意される場面だ(笑)。  倭琴 (やまとこと) を詠む 琴取れば嘆き先立つけだしくも 琴の下樋 (したび) に妻や隠れる  万1129 *琴を手に取ると音より先にため息が漏れる。もしかすると琴の中に妻が隠れているのだろうか。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1128番歌(馬酔木なす栄えし君が)~アルケーを知りたい(1947)

イメージ
▼前回は 走井 (はしりゐ) の水、今回は石井 (いしゐ) の水。飲んでも飽かない、おいしい水。今回の歌のすごいのは、井戸を掘った人のことを詠い込んでいる点。その人物を馬酔木なす栄えし君、と讃えている。感謝の気持ちが伝わる歌は読めど飽かぬかも。 馬酔木 (あしび) なす栄えし君が掘りし井の 石井の水は飲めど飽かぬかも  万1128 *馬酔木のように栄えた貴方様が掘った井戸の石井の水は美味しくて飲み飽きません。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1127番歌(落ちたぎつ走井水の)~アルケーを知りたい(1946)

イメージ
▼今回の歌の「走井の水の清くあれば」を見て、 実家の井戸を思い出した。子どもの頃はクラシックな形をした鋳鉄製の手押しポンプで水を汲んでいた。そのポンプが自分にとっての水汲みポンプ原型なので、その後登場するスマートなポンプやましてやモーターのポンプを見ると、こいつらは果たしてデザインの進化と言えるのだろうか、とか思った。実際は効率もよくて進化以外の何物でもないんだけど。で、今回の歌の走井の井戸はポンプではなくオケで汲み上げる方式だろうが、これがまた良いんだなあ。井戸でスイカを冷やすときオケを使うんだけど。万葉集の歌で、夏の涼をとるのに井戸水を使うという作品あるのかな。  井を詠む 落ちたぎつ走井 (はしりゐ) 水の清くあれば 置きては我れは行きかてぬかも  万1127 *流れ落ちる走井の水が清らかなので、素通りすることができません。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7