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万葉集巻第7_1116番歌(ぬばたまの我が黒髪に)~アルケーを知りたい(1935)

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▼今回の歌は、印象を言葉にするともともとの味わいが消えてしまいそう、だから黙ってそっと感じるだけにするのが良い。そんなタイプの歌と思ふ。量子力学を説明してくれという友人に 「それは目隠しした人に触覚だけで雪の結晶がなにかを教えるようなもので、触ったとたん溶けてしまう」と言ったポール・ディラック( 1902 - 1984、 英の物理学者)を思い出した。  露を詠む ぬばたまの我が黒髪に降りなづむ 天 (あめ) の露霜取れば消 (け) につつ  万1116 *私の黒い髪に天から降ってくる露霜に触れるとすぐ消えてしまいます。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1115番歌(妹が紐結八河内を)~アルケーを知りたい(1934)

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▼今回も結八川ネタの二首目。河内は見どころだったらしく、昔からよき人が見に訪れていた。そういうことも次第に忘れ去られ、いまや知っている人はいない、とつぶやく。この歌の味わいは人生の第4四半期を意識する年齢になると分かると思ふ 妹が紐結八 (ゆふや) 河内 (かふち) をいにしへの よき人見きとここを誰れ知る  万1115 *結八川の河内を昔の賢人が見たという。このことを今の誰が知っていることだろう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1114番歌(我が紐を妹が手もちて)~アルケーを知りたい(1933)

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▼この歌の内容は、結八川をまた見に来よう、なのだが(つまりシンプル)、上の句の仕掛けが楽しい。手もちて結八川。手もちては誰が?というと、妹。何を手もちて?というと紐。紐は誰の?というと我。最初から読んでも、逆から読んでも楽しめる。上の句を行ったり来たりした後、下の句を見ると、またかへり見む万代までに、となる。下の句にうまくつながっているわ。で、 結八川はどこにあるのか、というと今は分からない。 我が紐を妹が手もちて結八川 (ゆふやがは)   またかへり見む万代 (よろづよ) までに  万1114 *私の帯紐を妻が結ぶという結八川だ。これからもまた見に来よう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1113番歌(この小川霧ぞ結べる)~アルケーを知りたい(1932)

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▼誰かが言挙げするとどこかに霧が出る、そんな因果関係があったらしい、万葉時代は。だから霧が出たら、誰かが言挙げしたのだな、と分かるのだ。ただし、 吉祥なのか、凶兆なのか分からない。どちらかというと 凶兆のほうかな。分からんけど。 この小川霧ぞ結べるたぎちたる 走井 (はしりゐ) の上に言挙げせねども  万1113 *この小川に霧が出ている。激しく流れる走井の上で威勢の良いことを叫んだわけでもないのに。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1112番歌(はねかづら今する妹を)~アルケーを知りたい(1931)

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▼今回の歌は、3つの要素があると思ふ:ナンパの歌。若い娘の装いの歌。駄洒落の歌。下の句で率川の音のさやけさを詠いたいようだが、それまでに出て来る三杯飯でお腹いっぱい。 はねかづら今する妹をうら若み いざ率川の音のさやけさ  万1112 *新しい羽の髪飾りをつけた若い女性をいざいざと誘ってみたくなる率川 (いざがわ) の音のすがすがしさ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1111番歌(いにしへもかく聞きつつか)~アルケーを知りたい(1930)

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▼川岸に佇んで瀬の水音を聞く人の姿、いいなと思ふ。 いにしへもかく聞きつつか偲びけむ この布留川の清き瀬の音を  万1111 *昔もこんなふうに聞いていたのだろうか、布留川の清らかな瀬の音を。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1110番歌(ゆ種蒔くあらきの小田を)~アルケーを知りたい(1929)

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▼今回の歌は、「ゆ種」「あらきの小田」という言葉が何だろう?と思わせて目を引く。清めた籾を撒く田を探すという意味らしい。主人公は、川に入る可能性を考えてか、裾を上げてやってきた。そして川の瀬で濡れた、という歌。最初、濡れたのは想定外だったからこの歌?と思ったのだけれど、そうじゃなくて、狙い通り川に入って濡れたのだ、と予定していたことを実現させて、ちょっとドヤってる気分なのか?とも思える。不思議に気になる歌。 ゆ種蒔くあらきの小田を求めむと 足結ひ出で濡れぬこの川の瀬に  万1110 *清めた籾を蒔くのに相応しい田を探そうと袴の裾を上げて来たんだけど、この川の瀬で濡れてしまった。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7