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万葉集巻第7_1124番歌(佐保川に騒ける千鳥)~アルケーを知りたい(1943)

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▼夜、千鳥の鳴き声が聞こえると寝るに寝られない。子どもの頃、親戚の家にお泊りに行って夜、しくしく泣いて、家に送り返してもらったことがあるのを思い出した。我ながら情けないやつだった。今、1124番を見て、思い出しました。 佐保川に騒ける千鳥さ夜更けて 汝が声聞けば寐寝かてなくに  万1124 *佐保川で鳴き声をさかんに立てる千鳥よ。夜遅くなってから鳴くと寝ようにも寝られなくなる。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1123番歌(佐保川の清き川原に)~アルケーを知りたい(1942)

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▼下の句から見ると面白い。かはづと二つ忘れかねつも、と言うので、二つ?かはづの他に誰?と思うと答えが上の句にある。千鳥です。千鳥とかはづが忘れられない、という。場所は、佐保川の川原です。 佐保川の清き川原に鳴く千鳥 かはづと二つ忘れかねつも  万1123 *佐保川の清らかな川原で鳴く千鳥。カエルと共に忘れられない。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1122番歌(山の際に渡るあきさの)~アルケーを知りたい(1941)

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▼この鳥を詠む歌に出る「あきさ」が秋沙という鳥。 カモ科の水鳥で日本では冬鳥、とのこと。鳥が川に浮かんでいるから、川よ波を立てるなよ、という鳥にも川にも伝わらなさそうなメッセージ。 さては、 川に語りかけているフリをしながら、人間に伝わることを意図した歌のようだぞ。  鳥を詠む 山の際に渡るあきさの行きて居む その川の瀬に波立つなゆめ  万1122 *山際を飛ぶ小鳥が一休みする川がある。瀬で波が立たないようにしておくれ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1121番歌(妹らがり我が通ひ道の)~アルケーを知りたい(1940)

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▼お目当てのところに行くのに邪魔な草原がある。歩きやすくなるよう倒れろと草に命じるのが面白い。  草を詠む 妹らがり我が通ひ道の小竹すすき 我れし通はば靡け小竹原  万1121 *あの娘の元に私が通う道に生えている小竹のようなススキよ。私が通るときは歩きやすいよう横になってくれ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1120番歌(み吉野の青根が峰の苔筵)~アルケーを知りたい(1939)

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▼この歌の作者は、苔の見事な様子を見てゴージャスな布地が峰を覆っている、と思ったのだろうなー。下の句にたて糸とよこ糸が出て来る。当時はビロードのような生地はまだなかったが。で、誰が織ったのだろうか、とつぶやく。それもそうだと思う人がいて、糸や織り方を考える。かくして織物技術が発達する。  苔を詠む み吉野の青根 (あをね) が峰の苔筵 (こけむしろ)  誰が織りけむ経緯 (たてぬき) なしに  万1120 *吉野の青根が峰の苔の筵は、いったい誰が織ったものだろうか、経糸緯糸もなしに。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1119番歌(行く川の過ぎにし人の)~アルケーを知りたい(1938)

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▼この歌によると、ヒノキの葉を手折って頭に挿すのは、通りかかる人のミッションなのだ。そうしないとヒノキの葉はうらぶれたままだから。強引だけど、それもそうかと思わせる説だ。 行く川の過ぎにし人の手折らねば うらぶれ立てり三輪の檜原は  万1119 *行く川の流れのように通りかかる人が手折って簪にしないとうらぶれたままの三輪の檜原です。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1118番歌(いにしへにありけむ人も)~アルケーを知りたい(1937)

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▼この歌の場所は三輪の檜原。ここで何をやっているかというと、ヒノキの葉を適当に切り取って頭に挿した。旅人が催した花の宴でも参加者は頭に梅を頭に挿して興じていた。昔の歌詠みはこういう楽しみ方をしていたのだ。なんかうらやましい。  葉を詠む いにしへにありけむ人も我がごとか 三輪 (みわ) の檜原 (ひはら) にかざし折りけむ  万1118 *昔の人も、今わたしがやっているように三輪の檜原で檜の枝を折り取ってかんざしにしたのだろう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7