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万葉集巻第7_1073番歌(玉垂の小簾の間通し)~アルケーを知りたい(1892)

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▼この作品は、いくら良い夕月でも 独りぼっちは嫌だ、寂しい、とブーたれる歌。やっぱり人は気心通じる人と一緒にいるのが楽しいのだ。一人より二人のほうが何倍も楽しい。 玉垂の小簾の間通しひとり居て 見る験なき夕月夜かも  万1073 *ブラインドごしに一人で見る夕月なんて味気ないったらありゃしない。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1072番歌(明日の宵照らむ月夜は)~アルケーを知りたい(1891)

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▼今回の歌、何を言ってるのだろう?と 最初は 思った。明日照る分の月を今夜に付け加えるという話なんだが。つまり今夜がナイスなので名残惜しい、長く続いて欲しいという意味だ。月夜の時間を融通できるとは知らんかった。 明日の宵照らむ月夜は片寄りに 今夜に寄りて夜長くあらなむ  万1072 *明日の夜の分も今日の月夜に寄せてできるだけ長くあって欲しい。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1071番歌(山の端にいさよふ月を)~アルケーを知りたい(1890)

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▼今回は月が出るのを待つ歌。日の出待ちはあるあるだけど月の出待ちは・・・思い出そうとするが 記憶も経験もなかったので、新鮮。月の動きになんと鈍感だったことか。かといって敏感になれそうもない。友人と飲み屋を探して町をうろついているときビルの間に月が見えて良いなと思った記憶はあるのですが。 山の端にいさよふ月を出でむかと 待ちつつ居るに夜ぞ更けにける  万1071 *山の端っこで出待ちする月を待っているうちに夜が更けていきます。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1070番歌(ますらをの弓末振り起し)~アルケーを知りたい(1889)

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▼今回の歌の「猟高の野辺」はどんな場所なのだろう、と思って調べると 奈良の高円山とその周りの野原のようだ。高円山は標高が432m。ということは、月の光に照らされた野原を小高いところから見た歌だ。明かりのない時代。月夜だから山も歩けたのだろう。 ますらをの弓末 (ゆずゑ) 振り起し猟高 (かりたか) の 野辺 (のへ) さへ清く照る月夜かも  万1070 *今夜は、猟高の草原をきれいに照らし出す月夜だ。 (「益荒男の弓末振り起し」をまるっと省略) 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1069番歌(常はかつて思はぬものを)~アルケーを知りたい(1888)

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▼今回の歌の「常はかつて思はぬものを」という言い方、良いなと思ふ。見慣れているはずなのに、なぜか新鮮に感じられる感覚。自分に何か変化が起きたのだろう。月を詠む歌はこれからしばらく続く。    月を詠む 常はかつて思はぬものをこの月の 過ぎ隠らまく惜しき宵かも  万1069 *今までは思わなかったが、あの月が山に隠れてしまうのが惜しい宵だ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1068番歌(天の海に雲の波立ち)~アルケーを知りたい(1887)

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▼今回から巻7。巻7は巻6の延長、という位置付け。雑歌から始まる。トップバッターが星の林に月の舟が進む、という幻想的な作品。夜空はそんなふうに見立てられるのかと驚く。自分は近視で月くらいしか見えないので。天の海、雲が波、星が林の中を月の舟が漕ぎ進む。時には雲に隠れながら。巻7も作者が分からない歌ばかり。1068番は後書きに、人麻呂歌集に載っていると書いてある。  雑歌  天を読む 天の海に雲の波立ち月の舟 星の林に漕ぎ隠る見ゆ  万1068 *天を海に見立てると雲の波が立っています、そこに月の舟が星の林の間を見え隠れしながら進んでいるのが見えます。   右の一首は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=

万葉集巻第6_1066-1967番歌(まそ鏡駿馬の浦は)~アルケーを知りたい(1886)

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▼今回は巻6を締める歌。長歌に続く反歌で、神戸の海岸を褒める歌。740年からの遷都、遷都を反映する落ち着かない歌が続いたが、最後は明るい歌で閉じる。読み手の気持ちも和らぐ。とはいえ、聖武天皇の時代は藤原広嗣の乱が起ったように、いろいろ大変だったようだ。遷都に次ぐ遷都は、天皇の心の状態だったようにも思える。次回から巻7。  反歌二首 まそ鏡駿馬の浦は百舟の 過ぎて行くべき浜ならなくに  万1066 *敏馬の浦は見どころのスポットですから、浜を素通りする舟はありません。 浜清み浦うるはしみ神代より 千舟の泊つる大和太 (おほわだ) の浜  万1067 *浜は清らかで、浦は素晴らしいので、神代の時代から舟という舟がすべて停泊する大和太の浜です。  右の二十一首は、田辺福麻呂が歌集の中に出づ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6