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万葉集巻第7_1080番歌(ひさかたの天照る月は)~アルケーを知りたい(1899)

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▼今回の歌のキモは「年は経につつ」だ。だから、この歌は人の老いを月に託して嘆いているのだ。月は毎晩、再起動して姿を現す。それに対して人は・・・という感慨だ。 ひさかたの天照る月は神代にか 出で反るらむ年は経につつ  万1080 *天の月は神代の時代に立ち戻ってまた出て来るのだろうか。地上の年は経つばかりなのだが。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1079番歌(まそ鏡照るべき月を)~アルケーを知りたい(1898)

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▼月が出ているはずなのに見えない。その理由を推理した歌。理科の話を和歌で表現した趣 。まそ鏡と白栲を取り去ると「照るべき月を雲か隠せる。(あるいは)天つ霧かも」となって分かりやすい。でもストレート過ぎ。枕詞が入るとクッションと味わいの効果が出て来る。同じことを表現するにしても、方法はいろいろあるのだなあ。 まそ鏡照るべき月を白栲の 雲か隠せる天つ霧かも  万1079 *鏡のように照るはずの月を隠しているのは、白栲のような雲かそれとも天の霧か。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1078番歌(この月のここに来れば)~アルケーを知りたい(1897)

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▼今回の歌を見て、そういえば、60年くらい前、家の玄関先で人を待つ様子を描いた漫画を見たような。玄関前に立って人や郵便を待つ姿があった時代だ。この歌もその源流で、妻が夫の帰りを、月の位置から割り出して、そろそろだろうと思って待つという話。天空が時計なんだ。 この月のここに来れば今とかも 妹が出で立ち待ちつつあるらむ  万1078 *空の月がこの場所に来れば今にも着くはず、と思って妻が玄関先で待っているだろう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1077番歌(ぬばたまの夜渡る月を)~アルケーを知りたい(1896)

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▼今回の作品は印象に残る面白い歌。月の歌を眺めているうちに、山に沈む月を見たくなる。太陽は毎日出入りしているので晴れていれば見られるけど、月はなかなかだ。今週は曇りの日ばかりだから、しばらくはお目にかかれない。そうなると、月の歌がありがたい存在になる。 ぬばたまの夜渡る月を留めむに 西の山辺に関もあらぬかも  万1077 *夜空を通り過ぎる月を留めるために西の山に関所があればよいのに。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1076番歌(ももしきの大宮人の)~アルケーを知りたい(1895)

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▼月の明かりだけで宴を張れるものか?と思うが、万葉時代の人はやれてたのだなあ。月に対する人の感覚は今より鋭敏そう。月のおかげで夜の風景が見えていた時代。新月から満月まで月の変化が夜の景色の見え方の違いになっていた、と思うと、なんかすごい。月のない夜は外に出られたもんじゃなさそう。 ももしきの大宮人の罷り出て 遊ぶ今夜の月のさやけさ  万1076 *大宮人が集まって宴会をして遊んでいます。今夜の月が良いから。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1075番歌(海原の道遠みかも)~アルケーを知りたい(1894)

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▼今回の歌、詠み手は今夜の月はちょっと暗いと感じている。月は「そう言われましても、、、いつも通り照ってますけど」と言いそう。両者の 間に立つ 読み手としては、ちょっとおろおろ(笑)。 海原の道遠みかも月読の 光少なき夜は更けにつつ  万1075 *海原を渡る道のりが長いせいか、月の光が物足りないまま夜が更けています。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1074番歌(春日山おして照らせる)~アルケーを知りたい(1893)

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▼月の光(照らし出される風景)を見ながら離れたところにいる妻に思いを馳せる。エレガントな歌。今の時代、こういう風景を見る体験ってできるのだろうか。こういう風景というのは、山が月に照らし出される風景。どこかで電灯が点いている(それが安心なんだけど)。春日山どこかで灯る電灯は 妹が庭にもさやけくありけり。これはちょっと無理がある。 春日山おして照らせるこの月は 妹が庭にもさやけくありけり  万1074 *春日山一帯を照らすこの月は、妻の庭にも清らかに照っているのだろう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7