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万葉集巻第7_1085番歌(妹があたり我は袖振らむ)~アルケーを知りたい(1904)

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▼今回の歌も良いなと思う。でも、なぜ月に雲がかからないで欲しいと思うだろうか、とも思う。同じ照る月の下にいるのが大事なのに、その月が隠れては趣がなくなるじゃないか、ということだろう。だから雲に、今出て来るんじゃないよ、と言う。妻への慕情と、月への無茶な注文ぶりを楽しむ歌だな、これは。 妹があたり我は袖振らむ木の間より 出で来る月に雲なたなびき  万1085 *妻のいる方向に向かって私は袖を振ろう。雲よ、木の間から出て来る月を隠さないでくれよ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1084番歌(山の端にいさよふ月を)~アルケーを知りたい(1903)

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▼待つほどに現れない、のはよくある話で、今回は山からなかなか出てこない月を待つ歌。来ないから先に行ってしまうぞとも言えないし、時間だけが過ぎて行く(笑)。これから待たされることがあったら「我が待ち居らむ夜は更けにつつ」と口ずさむと、気持ちにゆとりが出て来るかも。この歌は周りとも、自分の気持ちとも、ほどよい距離を置いて眺める大人 (たいじん) のゆとりを感じさせる。 山の端にいさよふ月をいつともか 我が待ち居らむ夜は更けにつつ  万1084 *山の向こう側で出待ちしている月。いつ出るのだろうと待っているうちに夜は更けゆく。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1083番歌(霜曇りすとにかあるらむ)~アルケーを知りたい(1902)

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▼今回は、霜曇り、夜渡る月、という二つの言葉が印象的な歌。しかもちょっと寒そう。ただ「霜曇りすとにかあるらむ」が謎。というのは、霜曇りになるだろう、という意味にもなりそうだから。そうすると、下の句が予測になる。その可能性もあるけど、ここでは作者が月が見えないのでその理由を詠った歌だ、と思ふことにしました。 霜曇 (しもぐも) りすとにかあるらむひさかたの 夜渡る月の見えなく思へば  万1083 *霜をふらす雲に隠れてしまったのだろうな、夜の月をわたるが見えないのは。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1082番歌(水底の玉さへさやに)~アルケーを知りたい(1901)

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▼今回の歌の言いまわし方は印象的。そうか、月の明かりで水底の玉まで見えそうなくらいか、と。落ち着いて考えると、なぜ玉を持ち出したのだろう。葉っぱ、木の枝、貝殻、沈んだ花でも良いかも知れないのに。これはイメージの歌だから、月の光に渡り合うために玉を持ってきたのだろう、と思ふ。いやちょっと待てよ、透明な水晶玉だと全く見えないから、きっと白玉だ。 水底の玉さへさやに見つべくも 照る月夜かも夜の更けゆけば  万1082 *水の底に沈んだ玉がはっきりと見えそうなほど 明るい月夜です。夜が更けるにつれて。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1081番歌(ぬばたまの夜渡る月を)~アルケーを知りたい(1900)

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▼今回の歌の第一印象は、夜空を移動する月を眺めているうちに夜露で服が湿るなんてことがあるのだろうか、だった。でもしばらく考えて見ると、そういうこともあるかも、という気がしてきた。しばらく夜露で湿ってなかったので忘れたなー。 ぬばたまの夜渡る月をおもしろみ 我が居る袖に露ぞ置きにける  万1081 *夜空を渡る月を面白く眺めているうち袖が露で湿っているのに気づいた。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1080番歌(ひさかたの天照る月は)~アルケーを知りたい(1899)

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▼今回の歌のキモは「年は経につつ」だ。だから、この歌は人の老いを月に託して嘆いているのだ。月は毎晩、再起動して姿を現す。それに対して人は・・・という感慨だ。 ひさかたの天照る月は神代にか 出で反るらむ年は経につつ  万1080 *天の月は神代の時代に立ち戻ってまた出て来るのだろうか。地上の年は経つばかりなのだが。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1079番歌(まそ鏡照るべき月を)~アルケーを知りたい(1898)

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▼月が出ているはずなのに見えない。その理由を推理した歌。理科の話を和歌で表現した趣 。まそ鏡と白栲を取り去ると「照るべき月を雲か隠せる。(あるいは)天つ霧かも」となって分かりやすい。でもストレート過ぎ。枕詞が入るとクッションと味わいの効果が出て来る。同じことを表現するにしても、方法はいろいろあるのだなあ。 まそ鏡照るべき月を白栲の 雲か隠せる天つ霧かも  万1079 *鏡のように照るはずの月を隠しているのは、白栲のような雲かそれとも天の霧か。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7