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万葉集巻第7_1212番歌(足代過ぎて糸鹿の山の)~アルケーを知りたい(2017)

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▼文字通りに受け取ると、桜に散るな、というのは無理な頼みというもの。でもこの歌を見るうちに、歌い手の気持ちが分かるような気になるのが不思議。 足代過ぎて糸鹿 (いとか) の山の桜花 散らずもあらなむ帰り来るまで  万1212 *足代を過ぎたところにある糸鹿山の桜花よ、私が帰って来るまで散らないで待っててくれ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1211番歌(妹があたり今ぞ我が行く)~アルケーを知りたい(2016)

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▼今回は、旅人が、家で待つ大切な人の顔を見たい気持ちを歌にしたもの。山の名前が妹山だけに、妻のことが目に浮かぶのだ。「言とはずとも」せめて「目のみだに」と言っている気持ちが切ない。 妹があたり今ぞ我が行く目のみだに 我れに見えこそ言とはずとも  万1211 *妹山の近くを通っているのだが、妻の顔だけでも見えると良いのになあ、言葉は交わせなくても。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1208番歌(妹に恋ひ我が越え行けば)~アルケーを知りたい(2015)

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▼今回は、妻を恋しながら旅していたとき、妹山と背山が並んでいるのを見て羨ましいと思う歌。今はまとめて 妹背山と呼ばれているようだ。 妹に恋ひ我が越え行けば背の山の 妹に恋ひずてあるが羨しさ  万1208 *私は妻が恋しいと思って遠路を進むのだが、背山は妹山がすぐ近くにいて羨ましい。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1210番歌(我妹子に我が恋ひ行けば)~アルケーを知りたい(2014)

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▼今回も二つの山が夫婦に見える、という歌 。「羨ましくも」が効いてる。一人旅で寂しくなっているようだ、この人は。 我妹子に我が恋ひ行けば羨しくも 並び居るかも妹と背の山  万1210 *妻を恋しく思いながら旅を続けていると、妹山と背山が並び立っているのが見えて羨ましい。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1209番歌(人にあらば母が愛子ぞ)~アルケーを知りたい(2013)

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▼今回は冒頭から「人にあらば」と言って山を人に例えている歌。同じ背山と妹山を見て、前回は夫婦、今回は母と子。見立て方は違ってもじんわりと情愛が伝わるのは同じ。なぜそう感じるのだろう? 歌の言葉に前回は「 許せやも」今回は「愛子ぞ」が入っているからと思ふ。 人にあらば母が愛子ぞあさもよし 紀の川の辺の妹と背の山  万1209 *人に例えれば母親とその愛しい子にあたる。紀の川の妹山と背山は。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1193番歌(背の山に直に向へる)~アルケーを知りたい(2012)

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▼山の間にかかる橋の風景を人と人の関係に例えている。風景をこのように見立てる心持ちが気持ちよい。 背の山に直に向へる妹の山 事許せやも打橋渡す  万1193 *背山と向き合う場所に妹山がある。妹山が許したのだろう、背山との間に橋が渡してある。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1192番歌(白栲ににほふ真土の)~アルケーを知りたい(2011)

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▼今回も、馬をきっかけにして家を思う歌。馬が進みたがらない。これは家の者が私を恋しく思っているからだ、と解釈する歌。本当に恋しがっているのか、それとも自分が恋しく思っているのか、読み手には、そこのところが分からない。そういう表現にしているのが馬つまづくや馬なづむタイプの歌のミソだ。 白栲ににほふ真土の山川に 我が馬なづむ家恋ふらしも  万1192 *真土山の川辺で私の馬が進むのを躊躇している。家の者が私を恋しがっているらしい。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7