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万葉集巻第6_1009-1010番歌(橘は実さへ花さへ)~アルケーを知りたい(1849)

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▼今回、人名が交錯していて私は何が何だかしかとは分からないのだけれど、橘諸兄( 葛城王)が聖武天皇から橘の姓を賜ったときの歌。1009番は御製歌とあるので、聖武天皇の作品。1010番は詔に応えて諸兄の子、奈良麻呂が詠んだ歌。りっぱだ。親子ともに立派だ。  冬の十一月に、左大弁葛城王等、姓橘の氏を賜はる時の御製歌一首 橘は実さへ花さへその葉さへ 枝に霜降れどいや常葉の木  万1009 *橘は実、花、葉っぱ、枝に霜が降りても、いつも新鮮な緑の木です。   右は、冬の十一月の九日に、従三位葛城王・従四位上佐為王等、皇族の高き名を辞び、外家の橘の姓を賜はること已訖りぬ。 その時に、太上天皇・皇后、ともに皇后の宮に在して、肆宴をなし、すなはち橘を賀く歌を御製らし、幷せて御酒を宿禰等に賜ふ。 或いは「この歌一首は太上天皇の御製。 ただし、天皇・皇后の御歌おのおのも一首あり」といふ。 その歌遺せ落ちて、いまだ探ね求むること得ず。 今、案内に検すに、「八年の十一月の九日に、葛城王等、橘宿禰の姓を願ひて表を上る。 十七日をもちて、表の乞ひによりて橘宿禰を賜ふ」と。   橘宿禰奈良麻呂 、詔に応ふる歌一首 奥山の真木の葉しのぎ降る雪の 降りは増すとも地に落ちめやも  万1010 *奥山の真木の葉に降り積もる雪がますます降っても、橘の実が落ちることはありません。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1008 番歌(山の端にいさよふ月の出でむかと)~アルケーを知りたい(1848)

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▼今回は、待ち人来たらずで困ってる気分の歌。待っているうちに時間が過ぎていく、というだけで別に困ったなーと言っているわけではない。けど読み手には遅れに対する不満が 十分に 伝わる。考えて見るとこの歌は実用的かも知れない。待たされたときに口ずさんで心を静める、とか、待たせたときにこの歌を添えて謝るとか。たしかに首黒麻呂は待たされたけど、こんな面白くていい歌を作ったから、タダでは起きてない。   忌部首黒麻呂 、友の遅く来ることを恨むる歌一首 山の端にいさよふ月の出でむかと 我が待つ君が夜は更けにつつ  万1008 *山から月が出るのをいつかいつかと待っているように俺は君を待っているというのに、なかなか現れないから夜が更ける一方じゃないか、プンプン。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1007 番歌(言とはぬ木すら妹と兄とあり)~アルケーを知りたい(1847)

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▼今回は、自分はひとりっ子なのが苦だと悲しぶる歌。これは遊びの歌ではないか、と思ふ。市原王じしんにはどうしようもないことだから。というのは例えば「言とはぬ花すらおしべめしべありといふを 夢と希望のなきが苦しき」と考えると、こちらのほうが悲しい。   市原王 、独り子にあることを悲しぶる歌一首 言とはぬ木すら妹と兄とありといふを ただ独り子にあるが苦しさ  万1007 *もの言わぬ木でも兄妹があるというのに、私は独りっ子だからつらい。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1005-1006番歌(神代より吉野の宮に)~アルケーを知りたい(1846)

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▼「やすみしし我が大君の」と来れば山部赤人。冒頭で大君を詠う歌だ、と主旨がすぐ分かる。スピード感が良い。「山柿の門」というのもごもっとも。和歌の伝え方はこうでなくっちゃという王道の見本だ。   八年丙子の夏の六月に、吉野の離宮に幸す時に、 山辺宿禰赤人 、詔に応へて作る歌一首 幷せて短歌 やすみしし 我が大君の 見したまふ 吉野の宮は 山高み 雲ぞたなびく 川早み 瀬の音ぞ清き 神さびて 見れば貴く よろしなへ 見ればさやけし この山の 尽きばのみこそ この川の 絶えばのみこそ ももしきの 大宮ところ やむ時もあらめ  万1005 *吉野宮は山高く川が速い。山がなくなりでもすれば、川が絶えでもすればこの大宮もなくなるだろうが、そんなことは決してない。  反歌一首 神代より吉野の宮にあり通ひ 高知らせるは山川をよみ  万1006 *神代の時代から吉野の宮に大君が通い世を支配するのは山と川が素晴らしいからです。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1004番歌(思ほえず来ましし君を)~アルケーを知りたい(1845)

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▼ふらりと人が尋ねて来る、あるいは誰かを尋ねる、、、そんなことずいぶん長い間経験してないなーと思い出させてくれる歌。・・・とは言っても藤原俊成とかはいつも勉強していただろうから、人は遠慮した気がする。もっとも俊成は万葉時代の人ではないけれど。じゃあ万葉の時代でアポなし訪問を控えないといけなさそうな人は、というと・・・みなさんゆったりしている感じがするから、今は思いつかないなあ。   桉作村主益人 が歌一首 思ほえず来ましし君を佐保川の かはづ聞かせず帰しつるかも  万1004 *思いかげずおいでくださった貴方様に、佐保川の蛙の声をお聞かせしないままお帰ししたのが残念。   右は、内匠寮大属桉作村主益人、いささか飲饌を設けて、長官 佐為王 に饗す。 いまだ日斜つにも及ばねば、王すでに還帰りぬ。 時に、益人、厭かぬ帰りを怜惜しみ、よりてこの歌を作る。  〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1003番歌(海人娘子玉求むらし)~アルケーを知りたい(1844)

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▼今回は荒れた海に舟を出す漁師たちを見て 筑後守が 驚きを詠った歌。海人娘子のバイタリティとガッツがすごい。ご安全に。  筑後守外従五位下 葛井連大成 、遥かに海人の釣舟を見て作る歌一首 海人娘子 (あまを とめ) 玉求むらし沖つ波 畏 (かしこ ) き海に舟出せり見ゆ  万1003 *海人娘子は玉を求めているらしい。沖の波が激しい海なのに舟を出しているところを見ると。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1000-1002番歌(子らしあらばふたり聞かむを)~アルケーを知りたい(1843)

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▼ 今回は前回に続き六首ワンセットの後半の三首。万1000は一人で経験するのではなくてあの人と一緒だと良いのになと詠う歌。気の合う人といると楽しみが増え辛みは減る。万1002も仲間に寄り道して楽しもうと誘う歌。こういう寄り道、遊びは潤滑油。ものごとの進め方、これで良いのかと振り返らせてくれる。二つの歌に挟まれた万1001は、男は山に女は海にというスナップ写真。裳の赤がポイントだな。 子らしあらばふたり聞かむを沖つ洲に 鳴くなる鶴の暁の声  万1000 *あの子がいたら二人で聞きたいな。沖の洲で鳴いている明け方の鶴の声。  右の一首は 守部王 が作。 ますらをは御狩に立たし娘子らは 赤裳裾引く清き浜びを  万1001 *男たちは狩に出かけ、娘子ら赤裳を着用して清らかな浜辺に出ています。  右の一首は 山辺宿禰赤彦 が作。 馬の歩み抑へ留めよ住吉の 岸の埴生ににほひて行かむ  万1002 *ちょっとここで馬を止め、住吉の岸の埴生に染まってから参りましょう。  右の一首は 安倍朝臣豊継 が作。   〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6