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万葉集巻第6_948番歌(ま葛延ふ春日の山は)~アルケーを知りたい(1815)

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▼今回の長歌の背景は次。ある春の日、大宮勤めの皆が仕事をサボって野原に出て遊んだ。間の悪いことにこの日に限って天気が急変した。しかし大宮のセキュリティ担当は持ち場にいない。直ちに天皇は勝手に持ち場を離れた諸王・諸臣子に謹慎を命じた。 948番歌の作者は、叱られた諸王・諸臣子のうちの誰か。 最後が「道にも出でず恋ふるこのころ」で締めているのを見ると、あまり反省してない印象(笑)。  四年丁卯の春の正月に、 諸王・諸臣子等 に勅して、授刀寮に散禁せしむる時に作る歌一首  幷せて短歌 ま葛延ふ 春日の山は うち靡く 春さりゆくと 山峡に 霞たなびき 高円に うぐひす鳴きぬ もののふの 八十伴の男は 雁がねの 来継ぐこのころ かく継ぎて 常にありせば 友並めて  遊ばむものを 馬並めて  行かまし里を 待ちかてに 我がせし春を かけまくも あやに畏く 言はまくも  ゆゆしくあらむと あらかじめ かねて知りせば 千鳥鳴く その佐保川に 岩に生ふる 菅の根採りて しのふくさ 祓へてましを 行く水に みそきてましを 大君の 命畏み ももしきの  大宮人の 玉桙の 道にも出でず 恋ふるこのころ  万948 *いつもなら皆で春を楽しむのに、あらかじめ知っておけば由々しき事にならずに済んだものを、今は畏れ多い大君のご命令に従って外出もせず閉じこもっております。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_947番歌(須磨の海女の塩焼き衣の)~アルケーを知りたい(1814)

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▼今回は、 「塩焼き衣のなれなばか」と言って、 身に着けている服が体によくフィットしている様子を歌った作。オヤジにフィットしてもしょうがないので(笑)、ここはやはり「須磨の海女」でなければ、と納得。  反歌一首 須磨の海女の塩焼き衣のなれなばか 一日 (ひとひ ) も君を忘れて思はむ  万947 *須磨の海女の塩焼き衣が着馴染んでいるように、一日も貴方様の思いが心から離れません。   右は、作歌の年月いまだ詳らかにあらず。 ただし、類をもちての故に、この次に載す。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_946番歌(御食向ふ淡路の島に)~アルケーを知りたい(1813)

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▼言葉遊びが仕掛けてある長歌。一つ目は御食(粟)と淡路=あわつながり、二つ目は深海松と見る=みるつながり、三つ目は「なのりそ」と「なおしみ」=名乗る・名を惜しむ。赤人の定番、沖辺には~浦みには~の対比もちゃんとある。 最後は、手紙も出せずに生きた心地もしない、で結んでいるけど、これはちょっと大げさすぎではないか。・・・ということは、これは軽いノリの歌なんじゃないか。知らんけど。  敏馬 (みめね) の浦を過ぐる時に、 山部宿禰赤彦 が作る歌一首  幷せて短歌 御食 (みけ) 向ふ  淡路 の島に 直向 (ただむか) ふ 敏馬の浦の 沖辺には 深海松 (ふかみる) 採り 浦みには なのりそ刈る 深海松の 見まく 欲しけど なのりその おのが名惜しみ 間使い (まつかひ) も 遣らずて我れは 生けりともなし 万946 *淡路島の敏馬の浦の深海松を見たいのと同じく貴方に会いたいけれど、名を惜しんで使いも出さず我慢しています。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_943-945番歌(玉藻刈る唐荷の島に)~アルケーを知りたい(1812)

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▼今回の反歌三首は、旅先で早く家に帰りたくてしょうがない、でも簡単には帰れない気分を詠う赤人。943番は鵜を見ては自分を重ね、944番では故郷に向かって進む船を見て羨ましく思う。944番では海が荒れるので危険を避けて湾内で大人しくしている。 まだまだ続きそうな、波を気にし ながらの海の旅。  反歌三首 玉藻刈る唐荷の島に島廻 (しまみ) する 鵜にしもあれや家思はずあらむ  万943 *唐荷の島を廻る鵜になった気分で家を偲んでいます。 島廻り我が漕ぎ来れば羨しかも 大和へ上るま熊野の船  万944 *島廻りしながら私たちが漕いでいると、羨ましいことに大和に向かう熊野の船が見えました。 風吹けば波か立たむとさもらひに 都太 (つだ) の細江に浦隠り居り  万945 *風が吹いて波が立つのではないかと様子見して、いま都太の細江に浦で大人しくしています。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_942番歌(あぢさはふ妹が目離れて)~アルケーを知りたい(1811)

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▼赤人が長旅の途中、船から風景の移り変わりを眺めながら「 隈も置かず 」家を恋しがる長歌。赤人の目には、島々、山々、雲が家から離れた象徴に映る。家への思いが募る。  唐荷の島を過ぐる時に、山部宿禰赤人が作る歌一首  幷せて短歌 あぢさはふ 妹が目離れて 敷栲の 枕もまかず 桜皮 (かには) 巻き 作れる船に 真楫貫き 我が漕ぎ来れば 淡路の 野島も過ぎ 印南都麻 (いなみつま)  唐荷の島の 島の際ゆ 我家を見れば 青山の そことも見えず 白雲も 千重になり来ぬ 漕ぎたむる 浦のことごと 行き隠る 島の崎々 隈も置かず 思ひ我が来る 旅の日 (け) 長み  万941 *妻と別れて船旅で淡路までやってきました。我が家はというと青い山と白い雲のずっと向こう。船は相変わらず島々の間を漕ぎ進んでいますが、長い旅の一日、考えるのは我が家のことばかり。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_939-941番歌(沖つ波辺波静けみ漁りすと)~アルケーを知りたい(1810)

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▼今回は、前回の美しい938番の長歌に続く三首の反歌。心弾む明るさが伝わってくる。939番で旅先の賑わいを詠い、次の940番で旅先での夜が長いので家が偲ばれると詠い、941番では帰途につくことになってニンマリする自分を詠う。「 下笑まむ」が効いてくる。  反歌三首 沖つ波辺波静けみ漁りすと 藤江の浦に舟ぞ騒ける  万939 *波が静かになると、 藤江の浦が 漁に出る 舟で 賑わいます。 印南野の浅茅押しなべさ寝る夜の 日長くしあれば家し偲はゆ  万940 *印南野で野宿すると夜が長いので、家のことばかり偲ばれます。 明石潟潮干の道を明日よりは 下笑 (したゑ) ましけむ家近づけば  万941 *明石潟が干潮になると現れる道を進むと思うと 嬉しくなります。明日から だんだん家に近づくから。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_938番歌(印南野の邑美の原の)~アルケーを知りたい(1809)

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▼今回も山部赤人が明石の海を褒める歌。歌は3段構造になっている。①最初に場所を知らせ、②対比で説明し、③褒めて締める。938番は②の対比が鮮やか。こういう表現ができるようになりたい。   山部宿禰赤人 が作る歌一首  幷せて短歌 やすみしし 我が大君の 神ながら 高知らせる 印南野 (いなみの) の 邑美 (おふみ) の原の 荒栲の 藤井の浦に 鮪 (しび) 釣ると  海人舟 (あまぶね) 騒ぎ 塩焼くと  人ぞさはにある 浦をよみ  うべも釣りはす 浜をよみ  うべも塩焼く あり通ひ 見さくもしるし 清き白浜 万938 *藤井の浦にはマグロを釣りに漁師が集まり、塩を焼きに人が集まります。浦が良いから、浜が良いからです。だから天皇もお通いになるのでしょう、この清い白浜に。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6