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万葉集巻第6_935番歌(名寸隅の舟瀬ゆ見ゆる)~アルケーを知りたい(1808)

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▼今回の長歌は、726年の作品。聖武天皇行幸に合わせて笠金村が詠んだ歌。 名寸隅 (なきすみ) は地名で、現在の明石市の魚住町付近という。聞いたことがある町名だなと思ったら、中学時代の友人が住んでいる地名だ。天皇行幸の地なんだ、すごいな。 「朝なぎにと夕なぎに」「ますらをのとたをや女の」の対比が良き良き。  三年丙寅の秋の九月十五日に、播磨の国の印南野 (いなみの) に幸す時に、 笠朝臣金村 が作る歌一首  幷せて短歌 名寸隅 (なきすみ) の 舟瀬ゆ見ゆる 淡路島 松帆の浦に 朝なぎに  玉藻刈りつつ 夕なぎに  藻塩焼きつつ 海人娘子 (あまをとめ)  ありとは聞けど 見に行かむ よしのなければ ますらをの  心はなしに たわや女の  思ひたわみて た廻 (もとほ) り 我れはぞ恋ふる 舟楫をなみ 万935 *淡路島の浦では海人や娘子たちが朝は玉藻を借り、夕は塩を焼くそうな。見に行くにも舟と楫がないので、益荒男の気持ちはどこへやら、手弱女のように思い悩んで、じりじりするばかり。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_934番歌(朝なぎに楫の音聞こゆ)~アルケーを知りたい(1807)

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▼海の近くで暮らしていると、朝凪が実感できるのだろう、と思うと羨ましい。というか自分が風に鈍感なのだろう。凪で静かになっているだけに楫の音がよく響くのだろう。野島の 海人の舟の楫の音、聞いてみたい。  反歌一首 朝なぎに楫の音聞こゆ御食 (みけ) つ国 野島の海人の舟にしあるらし  万934 *朝なぎのなか楫の音が聞こえます。御食の国の野島の海人が漕ぐ舟のようです。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_933番歌(天地の遠きがごとく)~アルケーを知りたい(1806)

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▼「天地の遠きがごとく、日月の長きがごとく」は悠々としていて、リズムも響きも良い。こういうフレーズで詠う山部赤人と柿本人麻呂を大伴家持が「山柿」と呼んだのは、ごもっともなこと。後半は鰒も出てきて食欲を誘う。こうしてみると長歌も良いものだなーと思ふ。  山部宿禰赤人が作る歌一首  幷せて短歌 天地の  遠きがごとく 日月の  長きがごとく おしてる 難波の宮に 我ご大君 国知らすらし 御食つ国 日の御調と 淡路の 野島の海人の 海の底 沖つ海石に 鮑玉  さはに潜き出 舟並めて 仕へ奉るし 貴し見れば 万933 *天地が広大なように、時間が悠久のように、我が大君は国をお治めになる。淡路の海人が舟を並べて海から取った鮑玉を奉げるのは何とも貴いことです。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_932番歌(白波の千重に来寄する住吉の)~アルケーを知りたい(1805)

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▼白波が寄せては返す住吉の浜。932番歌は陸に見える「埴生=赤や黄色の粘土」が焦点。 衣を染めて行きたいくらい良い色らしい。 埴生は 埴輪を作る時の土という。今でいうとカーキ色。そういえば今日のチノパンがカーキ色だ。何か嬉しいぞ。埴輪に染まる気分で、ゆったり過ごそう。  反歌一首 白波の千重に来寄する住吉の 岸の埴生 (はにふ) ににほひて行かな  万932 *白波が繰り返し寄せて来る住吉の岸の埴生に染まって行こう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_931番歌(鯨魚取り浜辺を清み)~アルケーを知りたい(1804)

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▼今回は大阪の住吉(すみのえ)の浜の歌。同じ地名で、大分には住吉浜( すみよしはま )という 歌川広重が絵にした 海岸がある。こちら「潮干狩り 浜辺を清み」の浜で、朝なぎに千重波寄せ、夕なぎに五百重波寄せているのだろう。浜は良いなあ。   車持朝臣千年 が作る歌一首  幷せて短歌 鯨魚 (いさな) 取り 浜辺を清み うち靡き 生 (お) ふる玉藻に 朝なぎに  千重波寄せ 夕なぎに  五百重波 (いほへなみ) 寄す 辺つ波の いやしくしくに 月に異に 日に日に見とも 今のみに 飽き足らめやも 白波の い咲き廻れる 住吉 (すみのえ) の浜  万931 *清らかな浜辺に玉藻が揺れています。朝のなぎに波が寄せ、夕のなぎにも波が寄せて来ます。 見飽きることがありません。白波が花のように咲き乱れるここ住吉の浜は。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_929-930番歌(荒野らに里はあれども)~アルケーを知りたい(1803)

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▼929番の「 大君の敷きます時は」を「所は」と誤読していたのに今、気づきました。ということは、大君がいらっしゃるとき、そこが都になる、と詠っているのでした。次の930番は場面が一転。棚なし小舟の楫の音の歌。貸しボートのイメージでとらえてしまったので、オールの音に聞こえてしまう。オリジナルの楫の音ってどんなだ?  反歌二首 荒野らに里はあれども大君の 敷きます時は都となりぬ  万929 *荒野にいくつも里はあるけれども大君がここと決めたところが都となるのです。 海人娘子棚なし小舟漕ぎ出らし 旅の宿りに楫の音聞こゆ  万930 *海人や娘子が小型の舟を漕ぎだしているようだ。旅の宿に楫の音が聞こえて来るところを見ると。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_928番歌(もののふの八十伴の男は)~アルケーを知りたい(1802)

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▼今回の笠金村の長歌は「大君がここと定めると臣下の大勢の男たちが集まって都を成す」という、大君と従う臣下を褒める内容のようだ。末尾に「旅にはあれども」とあるのは、行幸の途中でも大君がいらっしゃる場所が都になる、と強調しているのかな・・・難解歌のひとつ。  冬の十月に、難波の宮に幸す時に、笠朝臣金村が作る歌一首  幷せて短歌 おしてる 難波の国は 葦垣 (あしかき) の 古 (ふ) りにし里と 人皆の 思ひやすみて つれもなく ありし間に 続麻 (うみを) なす 長柄の宮に 真木柱 太高敷きて 食 (を) す国を 治めたまへば 沖つ鳥 味経 (あじふ) の原に もののふの 八十伴の男は 廬りして 都成したり 旅にはあれども  万928 *難波の国に対して人々はつれなかったけれど、大君がここと決めたからには、八十伴の男たちが旅の途中のキャンプを張って都にするのです。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6