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万葉集巻第1_74番歌(み吉野の山のあらしの)~アルケーを知りたい(1779)

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▼74番を受けて、武蔵野の空の冷気の寒けくにはたや今日もみなで頑張ろう、の気持ち。  大行天皇、吉野の宮に幸す時の歌 み吉野の山のあらしの寒けくに はたや今夜も我がひとり寝む  万74 *吉野では山嵐が吹いてとても寒い。さてさて今夜も一人で寝るとしますか。  右の一首は、或いは「天皇の御製歌」といふ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_73番歌(我妹子を早見浜風)~アルケーを知りたい(1778)

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▼今回の73番歌は、というか、この歌も、「松」と「待つ」をかけて遊んでいる。真面目な顔で鑑賞しないといけないのか、ぷふふと笑っても良いものか、ちょっと戸惑ってしまう。結局、堅苦しくなるのはいやなので、おお、こりゃ駄洒落だな、「まつ」たくしょうがねえな、とほほ笑むことにします。 長皇子 の御歌 我妹子を早見浜風大和なる 我れ松椿吹かずあるなゆめ  万73 *我が妻に早く会いたい気持ちを代弁するように激しく吹く早見浜風よ。いま大和にいる私を地元で松(待つ ) ている椿をくれぐれも吹き忘れないように。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_72番歌(玉藻刈る沖辺は漕がじ)~アルケーを知りたい(1777)

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▼ 藤原四兄弟の宇合 (うまかい) さんの歌。この歌で、宇合さんの人物像がなんとなく浮かび上がって來る。でもそれが全体かどうか分からない。謎がたくさん。 玉藻刈る沖辺は漕がじ敷栲の 枕のあたり思ひかねつも  万72 *海に舟を出しても沖までは漕ぎ出ないでおきます。昨夜一緒だった女への思いが止まなくなるので。  右の一首は式部卿 藤原宇合 。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_71番歌(大和恋ひ寐の寝らえるに)~アルケーを知りたい(1776)

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▼今回も天皇の行幸に随行した人が、里が恋しいとつぶやく歌。天皇としては、随行者たちが、里を恋しがってばかりで行幸を誉める歌を詠んでないのをどう思うだろう。おのおの好きに歌に出来て、それが万葉第一巻のコレクションに入るとは! 自由ぶりがすごい。 大行天皇 (さきのすめらみこと) 、難波の宮に幸す時の歌 大和恋ひ寐 (い) の寝 (ね) らえるに心なく この洲崎 (すさき) みに鶴鳴くべしや  万71 *大和が恋しくて寝るに寝られない。それなのに鶴が心なくも洲崎で鳴いたりして良いものか。  右の一首は 忍坂部乙麻呂 。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_70番歌(大和には鳴きてか来らむ)~アルケーを知りたい(1775)

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▼今回の歌は、参考にしている本の脚注によると、701年に文武天皇が吉野に行幸したとき、従った高市黒人が詠った作品だ。太上天皇とは前天皇のこと。で、701年の天皇は文武天皇。ここで?になった。文武天皇の前の天皇は持統天皇だから、太上天皇は持統天皇のことでは? 万葉では5W1Hが分からない歌が少なくない。ん?となる、これがまた良い。万葉の味。 太上天皇、吉野の宮に幸 (いでま) す時に、 高市連黒人 が作る歌。 大和には鳴きてか来らむ呼子鳥 象 (きさ) の中山呼びぞ越ゆなる  万70 *大和では呼子鳥は来て鳴いているでしょうか。ここ象の中山では呼子鳥が鳴きながら山越してます。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_69番歌(草枕旅行く君と)~アルケーを知りたい(1774)

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▼今回は甘いトークの歌。時々ハニートラップという言葉を聞く。トラップにかかる場面では、69番のような表現が出て来そう。この歌で女性は「そうと知っていればこんなことをして差し上げましたのに」と言うだけ。言うだけのリップサービス。でも言われたほうは嬉しくなるのだ。ひっかかってしまうのも無理ないか。 草枕旅行く君と知らませば 岸の埴生ににほはさましを  万69 *貴方様が旅のお方と知っていれば、岸の埴生で衣を染めて差し上げたものを。  右の一首は 清江娘子 。姓氏未詳。  長皇子に進 (たてまつ) る。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_68番歌(大伴の御津の浜にある)~アルケーを知りたい(1773)

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▼今回の歌の趣旨は、海岸を歩いて貝を見つけて家で待つ妻を思い出した、というもの。「忘れて思へや」という不思議な言い方をしている。忘れて思ふ、という思い方。忘れてないわけだ。奥深い表現。作者の身人部王は「風流侍従の一人」という。万葉時代も風流は一風変わってるわ。 大伴の御津の浜にある忘れ貝 家にある妹を忘れて思へや  万68 *御津の浜で忘れ貝を見つけました。家で私の帰りを待つ妻を忘れることがあるものか。  右の一首は 身人部王 (むとべのおほきみ) 。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1