万葉集巻第6_917番歌(やすみしし我ご大君の)~アルケーを知りたい(1794)
▼917番の「清き渚に風吹けば白波騒ぎ 潮干れば玉藻刈りつつ 神代よりしかぞ貴き玉津島山」を見て、なるほど大伴家持が、山部赤人を柿本人麻呂と合わせて「山柿の門」と呼んだのが分かる・・・という気がしました。我が大君を褒める言葉の選び方、並べ方の良き。 神亀元年甲子の冬の十月五日に、紀伊の国に幸す時に、 山部宿禰赤人 が作る歌一首 幷せて短歌 やすみしし 我ご大君の 常宮 (とこみや) と 仕へ奉れる 雑賀野 (さひかの) ゆ そがひに見ゆる 沖つ島 清き渚に 風吹けば 白波騒ぎ 潮干 (ふ) れば 玉藻刈りつつ 神代より しかぞ貴き 玉津島山 万917 *雑賀野の先に見える島の清らかな渚。風が吹くと白波がたち、潮が引くと人が岸で玉藻を刈る。 神代の時代から貴い玉津島山です。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6