投稿

万葉集巻第6_933番歌(天地の遠きがごとく)~アルケーを知りたい(1806)

イメージ
▼「天地の遠きがごとく、日月の長きがごとく」は悠々としていて、リズムも響きも良い。こういうフレーズで詠う山部赤人と柿本人麻呂を大伴家持が「山柿」と呼んだのは、ごもっともなこと。後半は鰒も出てきて食欲を誘う。こうしてみると長歌も良いものだなーと思ふ。  山部宿禰赤人が作る歌一首  幷せて短歌 天地の  遠きがごとく 日月の  長きがごとく おしてる 難波の宮に 我ご大君 国知らすらし 御食つ国 日の御調と 淡路の 野島の海人の 海の底 沖つ海石に 鮑玉  さはに潜き出 舟並めて 仕へ奉るし 貴し見れば 万933 *天地が広大なように、時間が悠久のように、我が大君は国をお治めになる。淡路の海人が舟を並べて海から取った鮑玉を奉げるのは何とも貴いことです。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_932番歌(白波の千重に来寄する住吉の)~アルケーを知りたい(1805)

イメージ
▼白波が寄せては返す住吉の浜。932番歌は陸に見える「埴生=赤や黄色の粘土」が焦点。 衣を染めて行きたいくらい良い色らしい。 埴生は 埴輪を作る時の土という。今でいうとカーキ色。そういえば今日のチノパンがカーキ色だ。何か嬉しいぞ。埴輪に染まる気分で、ゆったり過ごそう。  反歌一首 白波の千重に来寄する住吉の 岸の埴生 (はにふ) ににほひて行かな  万932 *白波が繰り返し寄せて来る住吉の岸の埴生に染まって行こう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_931番歌(鯨魚取り浜辺を清み)~アルケーを知りたい(1804)

イメージ
▼今回は大阪の住吉(すみのえ)の浜の歌。同じ地名で、大分には住吉浜( すみよしはま )という 歌川広重が絵にした 海岸がある。こちら「潮干狩り 浜辺を清み」の浜で、朝なぎに千重波寄せ、夕なぎに五百重波寄せているのだろう。浜は良いなあ。   車持朝臣千年 が作る歌一首  幷せて短歌 鯨魚 (いさな) 取り 浜辺を清み うち靡き 生 (お) ふる玉藻に 朝なぎに  千重波寄せ 夕なぎに  五百重波 (いほへなみ) 寄す 辺つ波の いやしくしくに 月に異に 日に日に見とも 今のみに 飽き足らめやも 白波の い咲き廻れる 住吉 (すみのえ) の浜  万931 *清らかな浜辺に玉藻が揺れています。朝のなぎに波が寄せ、夕のなぎにも波が寄せて来ます。 見飽きることがありません。白波が花のように咲き乱れるここ住吉の浜は。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_929-930番歌(荒野らに里はあれども)~アルケーを知りたい(1803)

イメージ
▼929番の「 大君の敷きます時は」を「所は」と誤読していたのに今、気づきました。ということは、大君がいらっしゃるとき、そこが都になる、と詠っているのでした。次の930番は場面が一転。棚なし小舟の楫の音の歌。貸しボートのイメージでとらえてしまったので、オールの音に聞こえてしまう。オリジナルの楫の音ってどんなだ?  反歌二首 荒野らに里はあれども大君の 敷きます時は都となりぬ  万929 *荒野にいくつも里はあるけれども大君がここと決めたところが都となるのです。 海人娘子棚なし小舟漕ぎ出らし 旅の宿りに楫の音聞こゆ  万930 *海人や娘子が小型の舟を漕ぎだしているようだ。旅の宿に楫の音が聞こえて来るところを見ると。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_928番歌(もののふの八十伴の男は)~アルケーを知りたい(1802)

イメージ
▼今回の笠金村の長歌は「大君がここと定めると臣下の大勢の男たちが集まって都を成す」という、大君と従う臣下を褒める内容のようだ。末尾に「旅にはあれども」とあるのは、行幸の途中でも大君がいらっしゃる場所が都になる、と強調しているのかな・・・難解歌のひとつ。  冬の十月に、難波の宮に幸す時に、笠朝臣金村が作る歌一首  幷せて短歌 おしてる 難波の国は 葦垣 (あしかき) の 古 (ふ) りにし里と 人皆の 思ひやすみて つれもなく ありし間に 続麻 (うみを) なす 長柄の宮に 真木柱 太高敷きて 食 (を) す国を 治めたまへば 沖つ鳥 味経 (あじふ) の原に もののふの 八十伴の男は 廬りして 都成したり 旅にはあれども  万928 *難波の国に対して人々はつれなかったけれど、大君がここと決めたからには、八十伴の男たちが旅の途中のキャンプを張って都にするのです。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_927番歌(あしひきの山にも野にも)~アルケーを知りたい(1801)

イメージ
▼大がかりな狩り。狩場全体を見渡せる場所から、人々の動きをショート動画のように見せる歌。  反歌一首 あしひきの山にも野にも御狩人 (みかりひと)   さつ矢手挟み騒きてあり見ゆ  万927 *山にも野にも狩人のみなさんが幸矢を持って機敏に動き回っている様子が見えます。   右は、先後を審らかにせず。 ただし、便をもちての故に、この次に載す。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_926番歌(み吉野の秋津の小野の)~アルケーを知りたい(1800)

イメージ
▼今回は天皇が吉野で行った狩りを詠う長歌。場所は野原や山。 ターゲットは鹿・猪・鳥。 時間は朝と夕方。 跡見や 射目を配置し、 馬を並べて実施 。大きい猪は、ものすごいパワフルで危ないから、きっと離れた所から矢で射たのだろう。となると、鹿や鳥を獲るのも矢だろう。当時の人たちはみな弓矢の名人ぞろいだろう。頼もしい。 やすみしし 我ご大君は み吉野の 秋津の小野の 野の上には 跡見 (とみ) 据ゑ置きて み山には 射目 (いめ) 立て渡し 朝狩に 鹿猪 (しし) 踏み起し 夕狩に 鳥踏み立て 馬並めて 御狩ぞ立たす 春の茂野 (しげの) に 万926 *わが大君は吉野の野原と山にポイントを設け、朝は鹿と猪を、夕は鳥を狩りに、供と馬を並べて春の野にお立ちになります。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6