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万葉集巻第2_143-144番歌(岩代の崖の松が枝)~アルケーを知りたい(1788)

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▼前回で巻一の最後の歌を味わったので、今回から巻二を見よう、と思った。のだが、相聞から始まり挽歌に続く。相聞は苦手だし、挽歌の背景には悲しいエピソードがあって辛い。そこで 長忌寸意吉麻呂の歌二首に巻二を代表してもらうことにした。困った時の長忌寸意吉麻呂頼み。   長忌寸意吉麻呂 、結び松を見て哀咽しぶる歌二首 岩代の崖の松が枝結びけむ 人は帰りてまた見けむかも  万143 *岩代の岸の松の枝。祈りを込めて結んだ人はまたここに戻って来れたのだろうか。 岩代の野中に立てる結び松 心も解けずいにしへ思ほゆ   いまだ詳らかにあらず  万144 *岩代の野原に立っている結び松のように、私の心も解けないまま昔を偲んでいます。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=2

万葉集巻第1_84番歌(秋さらば今も見るごと)~アルケーを知りたい(1787)

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▼今回は天智天皇の息子と天武天皇の息子が二人で秋の終わりに開いた宴での歌。 巻一の最後を締めるのにふさわしい 穏やかな雰囲気。  寧楽の宮  長皇子、志貴皇子と佐紀の宮にしてともに宴する歌 秋さらば今も見るごと妻恋ひに 鹿鳴かむ山ぞ高野原の上  万84 *秋が去ると、今見ているように、妻を求めて鹿が鳴く山です、あの高野原の上は。  右の一首は 長皇子 。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_83番歌(海の底沖つ白波竜田山)~アルケーを知りたい(1786)

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▼今回は「海の底沖つ白波」で始まるので海の歌かなと思うと、違うのだ。白波が立つ、竜田山、の駄洒落遊び。読み進めると、竜田山を越えるのはいつ頃になるだろう、早く妻が待っている方向を見たいのだが、という趣旨だと分かる。「妹があたり見む」を言いたい歌だ。 振返ってわが身と見ると、結論は何か、と急ぐばっかしのせっかち気質。これではいかん。ゆったりと余裕を持って人の言うことを聞かないといけない。ありがたい教訓歌だった。 海 (わた) の底沖つ白波竜田山 いつか越えなむ妹があたり見む  万83 *竜田山を越えるのはいつになるだろうか。妻がいるところを早く見たい。  右の二首は、今案ふるに、御井にして作るところに似ず。けだし、その時に誦む古歌か。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_82番歌(うらさぶる心さまねし)~アルケーを知りたい(1786)

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▼この歌のキーフレーズは、下の句「天のしぐれの流れ合ふ見れば」だ。それでどうなるかというと、上の句「うらさぶる心さまねし」状態になる。長田王の場合は。自分だと、時雨がわちゃわちゃなっているので上 空は風が強そうだ、と思ってしまいそう。情緒っちゅうもんが足らないと自覚。 うらさぶる心さまねしひさかたの 天のしぐれの流れ合ふ見れば  万82 *うら寂しい気持ちになります。天を見上げて時雨が風に流されているのを見ると。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_81番歌(山辺の御井を見がてり)~アルケーを知りたい(1786)

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▼今回は、皇族が聖地でギャルのグループに会った、という歌。彼女ら、どんなファッションで来ていたのだろう。赤裳か、そうじゃない衣裳か、でもイメージできないなあとか。  和銅五年壬子の夏の四月に、長田王を伊勢の斎宮に遣はす時に、山辺の御井 にして作る歌 山辺 (やまのへ) の御井 (いゐ) を見がてり神風 (かむかぜ) の 伊勢娘子 (をとめ) ども相見つるかも  万81 *山辺の御井を見に来た時、たまたま伊勢の娘子たちと出会いました。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_80番歌(あをによし奈良の家には)~アルケーを知りたい(1785)

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▼あをによし、と来れば、奈良と応える。今回の80番はまさしくその歌。「あおに」が良いのだ。あおに= 青丹、 質の良い青い土。見たことがないので、ああ、あれだと実感できないのが残念。 ▼歌の下の句で、奈良の家に末長く通いますからお忘れなく、と宣言している。人の事情は移ろふもの。いつか通わなくなるかも知れない。が、そこを問題にしないのが大人の受け止め方。  反歌 あをによし奈良の家には万代に 我も通はむ忘ると思ふな  万80 *奈良の家にはこれから末永く私もお通いします。決して忘れるなどと思わないでください。  右の歌は、作者未詳。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_79番歌(千代までにいませ)~アルケーを知りたい(1784)

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▼今回の長歌は、宮殿の建設に携わった役人の歌。夜、服に霜が降りている、川は凍っているという。屋根なしで野宿していたのだろうか。当時の人は、今では考えられないほど寒さに強かったようだ。  或本、藤原の京より寧良の宮に遷る時の歌 大君の 命畏 (みことかしこ) み 親 (にき) びにし 家を置き こもりくの 泊瀬 (はつせ) の川に 舟浮けて 我が行く川の 川隈の 八十隈 (やそくま) おちず万 (よろづ) たび かへり見しつつ 玉桙 (たまほこ) の道行き暮らし あおにより 奈良の都の 佐保川に い行き至りて 我が寝たる 衣の上ゆ 朝月夜 さやかに見れば 栲のほに 夜の霜降り 岩床と 川の氷凝り 寒き夜を 休むことなく 通ひつつ 作れる家に 千代までに いませ大君よ  我れも通はむ  万79 *大君に置かれましては、みなが力を合わせて作った宮に長くお暮らし下さい、我われも通います! 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1