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万葉集巻第二十4384-4385番歌(暁のかはたれ時に)~アルケーを知りたい(1638)

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▼4384番では発見があった。「かはたれ時」は 「彼は誰時」じゃないかと思ったが、 漢字本文では「 加波多例等枳」だった。出発する船を見送った乗船順番待ちの防人の心細さが伝わってくる。4385番は、「行く先」と「後方」の絵が浮かぶので、穏やかな海であることを祈りたくなる。 暁 (あかとき) のかはたれ時に島蔭を 漕ぎ去し舟のたづき知らずも  万4384  右の一首は、助丁海上の郡の海上の国造 他田日奉直得大理 。 *早朝の薄暮の時間、島蔭を漕ぎ去って行った舟がどうしているのか手がかりもない。 行こ先に波なとゑらひ後方 (しるへ) には 子をと妻をと置きてとも来ぬ  万4385  右の一首は葛飾の郡の 私部石島 。 *これから行く先に波など立たないで欲しい。家には子と妻を置いて来ているのだから。 【似顔絵サロン】 他田日奉 得大理  おさだのひまつり の とこたり ? - ? 奈良時代の防人。下総国海上郡の出身。755年、防人の助丁として筑紫に派遣。 私部 石島  きさきべ の いそしま ? - ? 奈良時代の防人。下総国葛飾郡の出身。755年、防人として筑紫に派遣。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集四』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=20

万葉集巻第二十4383番歌(摂津の国の渚に船装ひ)~アルケーを知りたい(1637)

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▼4348番は 下野国 (茨城) から集められた防人の歌18首の締め。この歌では、出発する港の場所を難波津と言わず摂津の国と言っている。ずらっと港に並んだ船で出航するとき、母に手を振りたい気持ちを詠う。 摂津の国の渚に船装ひ 立し出も時に母が目もがも  万4383  右の一首は塩屋の郡の上丁 丈部足人 。 *摂津の国の海岸に並んだ船でいよいよ出航って時、母にひと目会えたらなあ。  二月の十四日、下野の国の防人部領使正六位上 田口朝臣大戸 。 進る歌の数十八首。 ただし、拙劣の歌は取り載せず。 【似顔絵サロン】 丈部足人  はせつかべのたりひと ? - ? 奈良時代の防人。下野国塩屋郡の出身。755年、防人の上丁として筑紫に派遣。 田口 大戸  たぐち の おおと/おおへ ? - ? 奈良時代の貴族。755年、防人部領使として防人を率いて下野国から筑紫へ派遣。この際、兵部少輔・大伴家持に防人歌18首を進上。11首が採用。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集四』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=20

万葉集巻第二十4381-4382番歌(ふたほがみ悪しけ人なり)~アルケーを知りたい(1636)

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▼4381番は、防人たちが港で見送りの人と別れる様子を見て「いともすべなし」と感じたという歌。辛みを感じる歌。4382番は防人の歌の中でも印象的な作。体調が悪いのを知っていて防人に行けと指示を出す人物に対する恨み。「誰それは悪しき人」とダイレクトに人を非難する歌を捨てず、万葉集に載せている家持。歌も家持も面白い。 国々の防人集ひ船乗りて 別るを見ればいともすべなし  万4381  右の一首は河内の郡の上丁 神麻続部島麻呂 。 *あちこちの地域からやってきた防人が船に乗り込んで別れを告げる様子を見ると何ともやりきれない。 ふたほがみ悪しけ人なりあたゆまひ 我がする時に防人にさす  万4382  右の一首は那須の郡の上丁 大伴部広成 。 *ふたほがみという人物は性根の悪い人だ。急病で苦しんでいる時に私を防人に指名するのだから。 【似顔絵サロン】 神麻績部 島麻呂  かんおみべ の しままろ ? - ? 奈良時代の防人。下野国河内郡の出身。755年、防人の上丁として筑紫に派遣。 大伴部 広成  おおともべ の ひろなり ? - ? 奈良時代の防人。下野国那須郡の出身。755年、防人の上丁として筑紫に派遣。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集四』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=20

万葉集巻第二十4379-4380番歌(白波の寄そる浜辺に)~アルケーを知りたい(1635)

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▼今回の二首は、防人を運ぶ船が港から出ている時間を写し取った歌だ。4379番は、もうすることがないから陸に向かって手を振る、と詠う。4380番は、港を出て海から見える遠景を詠った。防人という意義は分かるが実りの見えないお役目に向かう男の心境が伝わる。 白波の寄そる浜辺に別れなば いともすべなみ八度 (やたび) 袖振る  万4379  右の一首は足利の郡の上丁 大舎人部禰麻呂 。 *白波が寄せる浜辺から離れると、することないので何度も何度も別れの手を振るばかり。 難波津を漕ぎ出て見れば神さぶる 生駒高嶺に雲ぞたなびく  万4380  右の一首は梁田の郡の上丁 大田部三成 。 *難波津を出航すると見えるのは、 雲がたなびく 神さびた生駒山の嶺だ。 【似顔絵サロン】 大舎人部 祢麻呂 /禰麻呂 おおとねりべ の ねまろ ? - ? 奈良時代の防人。下野国足利郡の出身。755年、防人の上丁として筑紫に派遣。 大田部 三成  おおたべ の みなり ? - ? 奈良時代の防人。下野国梁田郡の出身。755年、防人の上丁として筑紫に派遣。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集四』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=20

万葉集巻第二十4377-4378番歌(月日やは過ぐは行けども)~アルケーを知りたい(1634)

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▼今回の二首は防人になって家を離れた後、両親を思う歌。4377番は母が玉であれば髪飾りにしていつも身に付けていられるのに、と詠う。4378番は家を離れて時間が経っても両親の姿が忘れられない、と詠う。 母刀自も玉にもがもや戴きて みづらの中に合へ巻かまくも  万4377  右の一首は 津守宿禰小黒栖 。 *母親が玉になってくれたら髪に刺す櫛と一緒に身に付けているのだけど。 月日やは過ぐは行けども母父が 玉の姿は忘れせなふも  万4378  右の一首は都賀の郡の上丁 中臣部足国 。 *月日は過ぎていくけれど、両親の貴いお姿は忘れようにも忘れられない。 【似顔絵サロン】 津守 小黒栖  つもり の おぐるす ? - ? 奈良時代の防人・歌人。下野国の出身。755年、防人として筑紫に派遣。 中臣部 足国  なかとみべ の たるくに ? - ? 奈良時代の防人。下野の出身。755年、防人の上丁として筑紫に派遣。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集四』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=20

万葉集巻第二十4375-4376番歌(松の木の並みたる見れば)~アルケーを知りたい(1633)

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▼4375番は、目に入った松の木林を見て、自分が出立するとき見送った家人を思い出すという内容で、しみじみする。4376番は出立前に両親に報告しなかったことを悔いている内容で、これもしみじみする。 松の木の並みたる見れば 家人の我れを見送ると立たりしもころ  万4375  右の一首は火長 物部真島 。 *松の木の並木を見ると、家の者たちが私を見送っているときの様子を思い出す。 旅行きに行くと知らずて母父に 言申さずて今ぞ悔しけ  万4376  右の一首は寒川の郡の上丁 川上臣老 。 *防人のために出かけることを両親に報告しないまま出かけたのが今になって心残りだ。 【似顔絵サロン】 物部 真嶋  もののべ の ましま ? - ? 奈良時代の防人。下野国の出身。755年、防人の火長として筑紫に派遣。 川上 老  かわかみ の おゆ ? - ? 奈良時代の防人。下野国寒川郡の出身。755年、防人の上丁として筑紫に派遣。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集四』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=20

万葉集巻第二十4373-4374番歌(今日よりはかへり見なくて)~アルケーを知りたい(1632)

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▼4373番は、これからの意気込みを詠った作品。そのために「今日からは (故郷の人びと、風景の、思い出を) 顧みない」と決意を述べる。4374番は、神に無事を祈ってから目的地の筑紫へと矢のように進むのだ、と意気込みを詠う。 そして両者とも大君の楯となって前線に立つ。国の守り手の心が伝わる。 今日よりはかへり見なくて大君の 醜の御楯と出で立つ我れは  万4373  右の一首は火長 今奉部与曾布 。 *今日からは後ろは振り返らず、大君の楯となって前線に立つのだ、私は。 天地の神を祈りてさつ矢貫き 筑紫の島をさして行く我れは  万4374  右の一首は火長 大田部荒耳 。 *天と地の神に祈りを捧げて、私は矢が貫くように筑紫の島を目指して進むのだ。 【似顔絵サロン】 今奉部 与曽布  いままつりべ の よそふ ? - ? 奈良時代の防人。下野国の出身。755年、防人の火長として筑紫に派遣。火長とは、律令軍団制では10人で1火という単位が編成され、その長。 大田部 荒耳  おほたべ の あらみみ ? - ? 奈良時代の防人。下野国の出身。755年、防人として筑紫に派遣。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集四』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=20