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万葉集巻第6_920番歌(あしひきのみ山もさやに)~アルケーを知りたい(1796)

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▼吉野の清らかで素晴らしい環境が万代にも続きますようにと祈る笠金村の歌。吉野川は落ちぎたつ。川の瀬は清い。上からは千鳥の鳴き声。地面からはカエルの声。大宮人の姿が見える。記憶に残る夏の五月の吉野の風景。ふと自分の記憶かと思ってしまいそうになる。いやいや笠金村の歌なのだ。  神亀二年乙丑 (きのとうし) の夏の五月に、吉野の離宮に幸 (いでま) す時に、笠朝臣金村が作る歌一首  幷せて短歌 あしひきの み山もさやに 落ちたぎつ 吉野の川の 川の瀬の 清きを見れば 上辺には  千鳥しば鳴く 下辺には  かはづ妻呼ぶ ももしきの 大宮人も をちこちに 繁 (しげ) にしあれば 見るごとに あやにともしみ 玉葛 絶ゆることなく 万代に かくしもがもと 天地の 神をぞ祈る 畏くあれども 万920 *この先もずっと長くこのようにあって欲しいと天地の神に祈ります。畏れ多いことですが。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_918-919番歌(沖つ島荒磯の玉藻)~アルケーを知りたい(1795)

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▼今回の2首は長歌の後に続く反歌。724年の冬に聖武天皇が紀伊国に行幸したとき随行した山部赤人の歌、とのこと。後書きと前書きによれば。918番は捻った表現、919番は原因と結果を順序良く詠っているので分かりやすい。でもストレート過ぎるという批判もあるかも。あれこれと思いが浮かびあがる反歌二首。  反歌二首 沖つ島荒磯の玉藻潮干 (しほひ) 満ち い隠りゆかば思ほえむかも  万918 *沖の島の荒磯の玉藻が満潮になって隠れてしまうとどうなるだろう、と思ってしまいます。 若の浦に潮満ち来れば潟をなみ 葦辺 (あしへ) をさして鶴 (たづ) 鳴き渡る  万919 *若の浦の潮が満潮になると潟がなくなるので、水辺の葦を目指してやってきた鶴の鳴き声が響きます。  右は、年月を記さず。 ただし、「玉津島に従駕(おほみとも)す」といふ。 よりて今、行幸の年月を検し注して載す。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_917番歌(やすみしし我ご大君の)~アルケーを知りたい(1794)

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▼917番の「清き渚に風吹けば白波騒ぎ 潮干れば玉藻刈りつつ 神代よりしかぞ貴き玉津島山」を見て、なるほど大伴家持が、山部赤人を柿本人麻呂と合わせて「山柿の門」と呼んだのが分かる・・・という気がしました。我が大君を褒める言葉の選び方、並べ方の良き。   神亀元年甲子の冬の十月五日に、紀伊の国に幸す時に、 山部宿禰赤人 が作る歌一首  幷せて短歌 やすみしし 我ご大君の 常宮 (とこみや) と 仕へ奉れる 雑賀野 (さひかの) ゆ そがひに見ゆる 沖つ島 清き渚に 風吹けば 白波騒ぎ 潮干 (ふ) れば 玉藻刈りつつ 神代より しかぞ貴き 玉津島山  万917 *雑賀野の先に見える島の清らかな渚。風が吹くと白波がたち、潮が引くと人が岸で玉藻を刈る。 神代の時代から貴い玉津島山です。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_914-916番歌(滝の上の三船の山は)~アルケーを知りたい(1793)

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▼914番は、前回の913番の長歌に続く反歌。この歌が面白いのは、三船山を畏い、と言いつつも、思うのは家に残した妻のこと、と本心を見せるような表現にしてあるところ。油断ならん人だな、車持千年さんは(笑)。 ▼続く915番と916番、これは相聞歌だと思うがどうでしょう。編集者の注釈によると、「吉野川」が歌に入っているから、ここに入れたそうだ。編集者の迷いの後が伝わる気がする。  反歌一首 滝の上の三船の山は畏 (かしこ) けど 思ひ忘るる時も日もなし  万914 *滝の上に見える三船山は畏れ多いけれども、家で待つ妻のことをしょっちゅう思っています。  或本の反歌に曰はく 千鳥鳴くみ吉野川の川音の やむ時なしに思ほゆる君  万915 *千鳥が鳴く吉野川の川のせせらぎの音が止むときがないように、いつも私は彼女を思っています。 あかねさす日並べなくに我が恋は 吉野の川の霧に立ちつつ  万916 *旅に出てから日数は経っていないのに私の妻への思いは吉野川の霧のように立ち昇ります。  右は、年月詳らかにあらず。 ただし、歌の類をもちてこの次に載す。 或本には「養老七年の五月に、吉野の離宮に幸す時の作」といふ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_913番歌(味凝りあやにともしく)~アルケーを知りたい(1792)

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▼「あやにともしく」の枕詞「味凝(うまこ)り」で始まる長歌。両方、意味が分からんのだが、響きから非日常的なことを詠う予感がする。味凝の文字を見ると、なぜか寒天をイメージしてしまう。凝固させて味わうものだからか。 ▼この歌で車持千年さんは、吉野を一人で旅しているので、山や川、朝霧や蛙の鳴き声に触れた心象を誰かと分かち合えないのが残念、と詠う。SNSがあれば写真をつけて発信しているのは間違いない。   車持朝臣千年 が作る歌一首  幷せて短歌 味凝 (うまこ) り あやにともしく 鳴る神の 音のみ聞きし み吉野の 真木立つ山ゆ 見下ろせば  川の瀬ごとに 明け来れば  朝霧立ち 夕されば  かはづ鳴くなへ 紐解かぬ 旅にしあれば 我のみして 清き川原を 見らくし惜しも  万913 *吉野の山から見下ろすと朝は霧、夕がたは蛙が鳴いている。ひとり旅の途中なので、清らかな川原を見た印象を人と分かち合えないのが残念だ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_910-912番歌(神からか見が欲しからむ)~アルケーを知りたい(1791)

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▼前回の908番、909番の別バージョンの反歌。水の泡を木綿の花に見立てた912番が印象的です。みなさんはいかがでしょうか。  或る本の反歌に曰はく 神 (かむ) からか見が欲しからむみ吉野の 滝の河内 (かふち) は見れど飽かぬかも  万910 *神々しいから誰もが見たくなるのだろう。吉野の滝の河内はいくら見ても見飽きない。 み吉野の秋津の川の万代 (よろづよ) に 絶ゆることなくまた帰り見む  万911 *吉野の秋津川にはこれからも絶えることなく見に戻ってこよう。 泊瀬女 (はつせめ) の造る木綿花み吉野の 滝の水沫 (みなわ) に咲きにけらずや  万912 *泊瀬の女性が作る木綿の花のように、吉野の滝で水泡が咲いているではありませんか。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_908-909番歌(年のはにかくも見てしか)~アルケーを知りたい(1790)

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▼今回は、長歌907番の後に続く 反歌2首。天武天皇と持統天皇が吉野を大事にしていた気持ちが引き継がれている。吉野川と滝を褒める歌。滝はそうそうどこにでもあるものではないから、とっておきの存在。  反歌二首 年のはにかくも見てしかみ吉野の 清き河内のたぎつ白波  万908 *毎年繰返し見たいのが吉野の清らかな河内でほとばしる白波です。 山高み白木綿花に落ちたぎつ 滝の河内は見れど飽かぬかも  万909 *高い山から白木綿の花のように落ちてしぶきをあげる滝がある河内。ここは見ても見ても飽きません。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6