万葉集巻第6_957-959番歌(いざ子ども香椎の潟に)~アルケーを知りたい(1819)
▼奈良時代、大宰府に勤務する役人が異動するときの歌。香椎は福岡県東区の地名。Wikipedia によると、大伴旅人ら一行が行ったという香椎の廟は724年の創建。行ったのは728年なので、創建4年後のこと。帰りに香椎潟に寄って海の香りを楽しんだようだ。959番歌では、異動が決まった 豊前守は「もう香椎潟が見られなくなる」と残念がる。後年、埋め立てが進んで見られなくなるんだけど。 冬の十二月に、大宰の官人等、香椎の廟を拝みまつること訖 (をは) りて、退 (まか) り帰る時に、馬を香椎の浦に駐めて、おのおのも懐を述べて作る歌 帥大伴卿 が歌一首 いざ子ども香椎の潟に白栲の 袖さへ濡れて朝菜摘みてむ 万957 *さあ皆さん、香椎の岸に入り服の袖を濡らして朝菜を摘みましょう。 大弐 小野老 朝臣が歌一首 時つ風吹くべくなりぬ香椎潟 潮干の浦に玉藻刈りてな 万958 *風が吹く時間帯になったので、この香椎潟の潮干の浦で玉藻を採りましょう。 豊前守 宇努首男人 が歌一首 行き帰り常に我が見し香椎潟 明日ゆ後には見むよしもなし 万959 *行き帰りの時にいつも私が見ていた香椎潟ですが、明日からのちは見ることもなくなります。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6