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万葉集巻第6_984番歌(雲隠りゆくへをなみと)~アルケーを知りたい(1833)

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▼万葉集の歌は、誰がどうしたという話か分からない歌がままある。今回の984番もそのひとつ。私は雲に隠れた月がどこにいるのか知りたい、貴方様はその月を見たい、というそんな話だろう。分かりにくさの理由は、前半と後半に見られる主語述語の倒置だろう。ここで得られる教訓は、まず主語、次に述語の順で書くと分かりにくさが減る、ということ。   豊前の国の娘子 が月の歌一首 娘子、字を大宅といふ。 姓氏いまだ詳らかにあらず。 雲隠りゆくへをなみと我が恋ふる 月をや君が見まく欲りする  万984 *雲に隠れてしまった月を、貴方様は恋しいよ、見たいよと思ってらっしゃるのでしょう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_981-983番歌(猟高の高円山を)~アルケーを知りたい(1832)

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▼今回は月の三部作。981番では月の出方が遅いのは山が高いからと詠っている。山のせいにするのは万葉の定番なの?(笑)。982番のぬばたまのは枕詞、照れるは(たぶん)形容動詞的なやつ。おかげで和歌らしさが出て来る。983番は月の呼び方を変えて夜空を動く様子を楽しく綺麗に歌いだしている。さすが坂上郎女。   大伴坂上郎女 が月の歌三首 猟高 (かりたか) の高円山を高みかも 出で来る月の遅く照るらむ  万981 *高円山が高いから、月が顔を出して照るのが遅い。 ぬばたまの夜霧の立ちておほほしく 照れる月夜の見れば悲しさ  万982 *夜霧が立つなか薄ぼんやりと月が照る夜は何となく悲しい。 山の端のささら愛壮士 (えをとこ)   天の原門 (はらと) 渡る光見らくしよしも  万983 *山の端に見える可愛い月。天を渡る光を眺めるのは心地よい。   右の一首の歌は、或いは「月の別名 (またのな) をささら愛壮士といふ。 この辞によりてこの歌を作る」といふ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_980番歌(雨隠る御笠の山を)~アルケーを知りたい(1831)

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▼今回はまだ現れない月を詠った歌。待っているのに月がなかなか出ないなあ、山が高いからか。時が流れて夜は更けているのに。この歌の月は、実は人のことではないのか(笑)。   安倍朝臣虫麻呂 が月の歌一首 雨隠る御笠の山を高みかも 月の出で来ぬ夜は更けにつつ  万980 *御笠山が高いせいか、月が出ないまま夜が更けてゆく。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_979番歌(我が背子が着る衣)~アルケーを知りたい(1830)

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▼親戚の優しいおばちゃんが甥っ子を気にかける歌。いいなー。   大伴坂上郎女 、姪家持の佐保より西の宅に還帰るに与ふる歌一首 我が背子が着る衣薄し佐保風は いたくな吹きそ家に至るまで  万979 *私の甥っ子は軽装なので家に着くまで、佐保の風よ、強く吹かないでおくれ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_978番歌(士やも空しくあるべき)~アルケーを知りたい(1829)

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▼今回は、憶良が病気で弱っていた時、見舞いに来た人から病状を聞かれたときの歌。参考書の伊藤先生の解説によると、この一首が辞世となり憶良は他界したとのこと。   山上臣憶良 、沈痾 (ちんあ) の時の歌一首 士 (をのこ) やも空しくあるべき万代 (よろづよ) に 語り継ぐべき名は立てずして  万978 *男として何もなさずに終わってなるものか、後に語り継がれる名を残さずに。   右の一首は、山上憶良の臣が沈 痾 の時に、 藤原朝臣八束 、 河辺朝臣東人 を使はして疾 (や) める状 (さま) を問はしむ。 ここに、憶良臣、報 (こた) ふる語(ことば)已畢(をは)る。 しまらくありて、涕 (なみだ) を拭(のご)ひ悲嘆(かな)しびて、この歌を口吟 (うた) ふ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_976-977番歌(難波潟潮干のなごり)~アルケーを知りたい(1828)

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▼今回は、最初の作品が出かけた先で見た難波潟の風景を妻に伝えるために「よく見てむ」と詠った歌。風景を家づとにせむという優しい気持ちが良き。次の作品は、干潟が太陽を反射してきらきらしているのを見て、そうか、だから「おしてるや難波の海」というんだと納得した歌。作者は神社老麻呂 (かみこそのおゆまろ) さん。この人、観察したものを言語化する気持ちと現地と現地を表現する言葉の関係に納得する気持ちの持ち主、とみた。インタビューしてみたい人。  五年癸酉に、草香山を越ゆる時に、 神社忌寸老麻呂 が作る歌二首 難波潟潮干のなごりよく見てむ 家にある妹が待ち問はむため  万976 *難波の干潟にたまった水のありさまをよく見ておこう。家で待っている妻に説明するため。 直越 (ただこえ) のこの道にてしおしてるや 難波の海と名付けけらしも  万977 *直越のこの道から日が海を照らすのを見て「押し照るや難波の海」と表現したのだ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_975番歌(かくしつつあらくをよみぞ)~アルケーを知りたい(1827)

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▼楽しい時間であるほどに限られた人の寿命を思う歌。「かくしつつあらくをよみぞ」がどういう意味なのかよく分からないが (笑) 、良い歌だと思えるのはなぜ? 「短き命を長く欲りする」が続くからだろうか。    中納言 安倍広庭 卿が歌一首 かくしつつあらくをよみぞたまきはる 短き命を長く欲りする  万975 *こうやって時を過ごすのが楽しいから、短い命を少しでも長くと思うのですね。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6