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万葉集巻第7_1141番歌(武庫川の水脈を早みと)~アルケーを知りたい(1960)

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▼暑い日にぴったりの情景の歌。川に入って馬も喜んでいるみたい。わざと水を跳ね上げて載せている人を濡らして遊んでいるのでは(笑)。 武庫川の水脈 (みを) を早みと赤駒の 足掻くたぎちに濡れにけるかも  万1141 *武庫川の水の流れが早いので、赤駒の脚がはね上げる水に濡れてしまった。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1140番歌(しなが鳥猪名野を来れば)~アルケーを知りたい(1959)

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▼旅の途中、夕方になって霧が出ている、まだ宿が決まっていないのに。今回の歌は、眺めていると心細い気持ちになる。なぜだろう。「夕霧立ちぬ宿りはなくて」のせいだな。この中の「宿りはなくて」の「なくて」が効いている気がする。「無い」から来る不安感。「宿りはあれど」ではダメなんだ。  摂津作 (つのくにさく) しなが鳥猪名野 (ゐなの) を来れば有馬山 夕霧立ちぬ宿りはなくて   一本には「猪名の浦みを漕ぎ来れば」といふ  万1140 *猪名野まで来ました。有馬山に夕方の霧が出ています。まだ宿を決めてないというのに。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1139番歌(ちはや人宇治川波を)~アルケーを知りたい(1958)

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▼今回は下の句の「立ちかてにする」の立ちかてがキーワードだ。旅人が宇治川の清流を立ち止まって見ている。宇治川の清流から生まれた歌、と言いたくなる。 ちはや人宇治川波を清みかも 旅行く人の立ちかてにする  万1139 *宇治川の清らかな波を見て、旅の途中の人が立ち止まっています。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1138番歌(宇治川を舟渡せをと)~アルケーを知りたい(1957)

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▼今回は、渡し舟の乗り場の様子が伝わってくる歌。渡し場に行っても舟がない。おーいと呼びかけても返事がない。舟がこちらに来る気配もない。ったく困ったなー的な状況。昔、バス停に来たもののバスが行ってしまったのか待てば来るのか分からなくて困っていたのを思い出した。乗り物とは昔も今もそういうものらしい。でもそんなスケッチが万葉歌になるんだ、とおどろいた。 宇治川を舟渡せをと呼ばへども 聞こえずあらし楫の音もせず  万1138 *宇治川の渡し舟を呼んでも船頭に聞こえてないらしい。楫の音もしない。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1137番歌(宇治川の譬への網代)~アルケーを知りたい(1956)

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▼今回は読み手が自由に解釈できる譬喩の歌。例えば、男と女の距離の詰め方。例えば、クセの強い企画の募集。歌じたいは、私がいるじゃないか、他は要らないじゃないか、という自分アピ。自分以外を木っ端扱いして敵を作るリスクが、これまた香辛料として効いている。 宇治川の譬 (たと) への網代我れならば 今は寄らまし木屑 (こつみ) 来ずとも  万1137 *宇治川の象徴の網代。私ならとっくに捕まってる。木っ端は来なくてもよい。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1136番歌(宇治川に生ふる菅藻を)~アルケーを知りたい(1955)

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▼家づと、というと家に持ち帰るお土産。今回の歌の下の句に「つとにせましを」の「つと」がそれ。電通大プログラミング教室では学生講師やOBが遊びに行った先でお菓子を「つと」にして持って来てくれる。つと。心温まります。 宇治川に生ふる菅藻 (すがも) を川早み 採らず来にけりつとにせましを  万1136 *宇治川の流れが早いのでお土産にするつもりだった菅藻が採れませんでした。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1135番歌(宇治川は淀瀬ならかし)~アルケーを知りたい(1954)

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▼今回は吉野作につづく山背作五首の一首目。宇治川で働いている漁師たちのスケッチ。網代を調べてみた。網の代わりで網代というそうだ。魚が泳いでくる道に竹や葦で作った装置(簀)をしかけておいて捕獲するやり方。仕掛け担当、移動用の舟担当に分かれて仕事をしてたのだろう。  山背 (やましろ) 作 宇治川は淀瀬 (よどせ) なからし網代人 (あじろひと)  舟呼ばふ声をちこち聞こゆ  万1135 *宇治川には歩いて渡れれるところがないらしい。網代をかける人が移動するときに舟を呼ぶ声があちこちから聞こえる。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7