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万葉集巻第6_929-930番歌(荒野らに里はあれども)~アルケーを知りたい(1803)

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▼929番の「 大君の敷きます時は」を「所は」と誤読していたのに今、気づきました。ということは、大君がいらっしゃるとき、そこが都になる、と詠っているのでした。次の930番は場面が一転。棚なし小舟の楫の音の歌。貸しボートのイメージでとらえてしまったので、オールの音に聞こえてしまう。オリジナルの楫の音ってどんなだ?  反歌二首 荒野らに里はあれども大君の 敷きます時は都となりぬ  万929 *荒野にいくつも里はあるけれども大君がここと決めたところが都となるのです。 海人娘子棚なし小舟漕ぎ出らし 旅の宿りに楫の音聞こゆ  万930 *海人や娘子が小型の舟を漕ぎだしているようだ。旅の宿に楫の音が聞こえて来るところを見ると。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_928番歌(もののふの八十伴の男は)~アルケーを知りたい(1802)

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▼今回の笠金村の長歌は「大君がここと定めると臣下の大勢の男たちが集まって都を成す」という、大君と従う臣下を褒める内容のようだ。末尾に「旅にはあれども」とあるのは、行幸の途中でも大君がいらっしゃる場所が都になる、と強調しているのかな・・・難解歌のひとつ。  冬の十月に、難波の宮に幸す時に、笠朝臣金村が作る歌一首  幷せて短歌 おしてる 難波の国は 葦垣 (あしかき) の 古 (ふ) りにし里と 人皆の 思ひやすみて つれもなく ありし間に 続麻 (うみを) なす 長柄の宮に 真木柱 太高敷きて 食 (を) す国を 治めたまへば 沖つ鳥 味経 (あじふ) の原に もののふの 八十伴の男は 廬りして 都成したり 旅にはあれども  万928 *難波の国に対して人々はつれなかったけれど、大君がここと決めたからには、八十伴の男たちが旅の途中のキャンプを張って都にするのです。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_927番歌(あしひきの山にも野にも)~アルケーを知りたい(1801)

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▼大がかりな狩り。狩場全体を見渡せる場所から、人々の動きをショート動画のように見せる歌。  反歌一首 あしひきの山にも野にも御狩人 (みかりひと)   さつ矢手挟み騒きてあり見ゆ  万927 *山にも野にも狩人のみなさんが幸矢を持って機敏に動き回っている様子が見えます。   右は、先後を審らかにせず。 ただし、便をもちての故に、この次に載す。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_926番歌(み吉野の秋津の小野の)~アルケーを知りたい(1800)

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▼今回は天皇が吉野で行った狩りを詠う長歌。場所は野原や山。 ターゲットは鹿・猪・鳥。 時間は朝と夕方。 跡見や 射目を配置し、 馬を並べて実施 。大きい猪は、ものすごいパワフルで危ないから、きっと離れた所から矢で射たのだろう。となると、鹿や鳥を獲るのも矢だろう。当時の人たちはみな弓矢の名人ぞろいだろう。頼もしい。 やすみしし 我ご大君は み吉野の 秋津の小野の 野の上には 跡見 (とみ) 据ゑ置きて み山には 射目 (いめ) 立て渡し 朝狩に 鹿猪 (しし) 踏み起し 夕狩に 鳥踏み立て 馬並めて 御狩ぞ立たす 春の茂野 (しげの) に 万926 *わが大君は吉野の野原と山にポイントを設け、朝は鹿と猪を、夕は鳥を狩りに、供と馬を並べて春の野にお立ちになります。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_924-925番歌(み吉野の象山の際の)~アルケーを知りたい(1799)

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▼924番に出てくる「ここだくも(こんなにも)」が良い。ここだくも見つかる土産話かも、とか、ここだくもやらねばならぬ仕事かも、とか。ここだくもは、次に続くのが肯定的・否定的を問わず行ける。例えば、ここだくも輝く夜空の星の光かも、ここだくも鳴る尻の声かも。  反歌二首 み吉野の象山の際の木末には ここだくも騒く鳥の声かも  万924 *吉野の象山の木立では鳥がこんなにも騒いで鳴く声が聞こえるんですね。 ぬばたまの夜の更けゆけば久木 (ひさぎ) 生ふる 清き川原に千鳥しば鳴く  万925 *夜が更けるにつれて久木が生えているきれいな川原で千鳥がしきりに鳴きます。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_923番歌(やすみしし我が大君の)~アルケーを知りたい(1798)

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▼「やすみしし」で始まると山部赤人の歌と思ってしまう枕詞。やすみししの山部赤人化している。今回の長歌も対比が良い。春へは、と、秋されば。その山の、と、この川の。春と秋で季節の幅が、山と川で土地の表情が、豊かになる。マネしよう。朝は満タン、夕は残りわずか・・・自分のエネルギーですけど。この歌は吉野の宮を誉め、大宮人が常に通うところと詠う。天武天皇、持統天皇が大切にしていた聖地吉野。  山部宿禰赤人が作る歌二首  幷せて短歌 やすみしし 我が大君の 高知らす 吉野の宮は たたなづく 青垣隠り 川なみの 清き河内ぞ 春 へは 花咲ををり 秋 されば 霧たちわたる その 山 の いやしくしくに この 川 の 絶ゆることなく ももしきの 大宮人は 常に通はむ 万923 *吉野は緑と清らかな川があります。川の流れの絶えないように大宮人はいつも通うのです。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_921-922番歌(皆人の命も我がも)~アルケーを知りたい(1797)

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▼今回は吉野を褒める長歌920番の反歌二首。921番は吉野の滝から激しく流れる水を詠う。922番は吉野の滝を流れる水が絶えないように、人も自分も命が永遠に続けば良いのに、と詠う。誰もがそうだねと思うであろう歌だ。  反歌二首 万代に見とも飽かめやみ吉野の たぎつ河内の大宮ところ  万921 *長く長く見ても飽きることのない吉野のほとばしる流れの大宮は 皆人の命も我がもみ吉野の 滝の常盤の常ならぬかも  万922 *人も自分も命というものは、吉野の滝のように永遠であればよいのに。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6