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万葉集巻第7_1190番歌(舟泊ててかし振り立てて)~アルケーを知りたい(2009)

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▼今回は舟旅の途中、見逃せない場所で一泊しましょう、という歌。波が高いから寄りたいけれど残念ながら通り過ぎる歌があるが、それに対して今回は、ばっちり舟を泊めて素晴らしい浜辺を味わう歌。泊まることを「廬りせむ」と表現するのだが、景勝地らしいので もしかしたら ホテルというか旅館もあるのかも(葦を刈り取って小屋を作るのではなさそう)。 舟泊 (は) ててかし振り立てて廬 (いほ) りせむ 名児江 (なごえ) の浜辺過ぎかてぬかも  万1190 *舟を泊め、係留用の杭を打って宿泊しましょう。名児江の浜辺を素通りするのが惜しいから。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1189番歌(大海にあらしな吹きそ)~アルケーを知りたい(2008)

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▼今回の歌のしなが鳥は 猪名の枕詞なので気にしない。港に着くまで嵐にならないように、と祈る歌。舟に乗っているのか、舟を待っているのか、どちらかは不明だけど、舟の無事入港を祈る心情は共通。舟泊つ後はあらし吹くともよし、だ。 大海にあらしな吹きそしなが鳥 猪名 (ゐな) の港に舟泊つるまで  万1189 *嵐よこの海で吹かないでくれ。猪名港に舟が無事に泊るまでは。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1188番歌(山越えて遠津の浜の)~アルケーを知りたい(2007)

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▼今回出て来る遠津浜 。これがどこの地名なのか、分かってない。浜があって岩つつじがある場所だ。歌からキレイな印象を受けるのだが、これは「ふふみて」の効果と思ふ。ふふみて待てというから待っていたら帰ってこない、ということはないのでしょうね。 山越えて遠津 (とほつ) の浜の岩つつじ 我が来るまでにふふみてあり待て  万1188 *遠津浜の岩つつじよ、私が来るまで蕾のままで待っていてくれ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1187番歌(網引する海人とか見らむ)~アルケーを知りたい(2006)

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▼今回は、当時から「人が自分をどう見るか」を意識していたのが分かる歌。漁師と見間違われるんじゃなかと詠うのが定番なのかな。よくあるのだが(笑)。さて、今だと、誰に見間違われたいかな自分は・・・そうさな、粋な人、かな。 網引する海人とか見らむ 飽の浦の清き荒磯を見に来し我れを  万1187 *人が見たら私のことを網を引いている漁師と思うかも知れない。飽の浦の清らかな磯の見物に来た私なのだが。   右の一首は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1186番歌(あさりする海人娘子らが)~アルケーを知りたい(2005)

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▼濡れるのを嫌がっては仕事にならない、そんなことには構っちゃいられない働き者の海人娘子たちの歌。「干せど乾かず」のフレーズ良い。9月の天気も 「干せど乾かず」。 あさりする海人娘子 (あまをとめ) らが 袖通り濡れにし衣干せど乾かず  万1186 *漁をする漁師や娘子たちの袖がびっしょり濡れている。干しても渇きそうにないくらいに。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1185番歌(朝なぎに真楫漕ぎ出て)~アルケーを知りたい(2004)

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▼今回は、作者はちょっと嬉しい気持ち、楽しい気持ちになるだろうな、と読み手に思わせる歌。 舟から見慣れた松原が見えた、という 何でもないことかも知れないけれど、見慣れた風景を別の角度から見ると新鮮という気分に共感。いつも歩いている街角もバスから見たり、動画で見ると、何というか感慨っぽいものがあるから。あれはなぜなんだろうな。 朝なぎに真楫 (まかじ) 漕ぎ出て見つつ来し 御津 (みつ) の松原波越しに見ゆ  万1185 *朝なぎの時に舟を漕ぎ進めていると、見馴れた御津の松原が波の向こうに見えました。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1184番歌(鳥じもの海に浮き居て)~アルケーを知りたい(2003)

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▼今回は、海の沖で立つ波を鳥に見立てた歌。前々回の歌では、小舟の帆に見立てていた。海の白波は歌人の創造意欲を刺激するのだ。今回の歌人は、波の音を聞いてあまた悲しもという気持ちになった。なぜだろう。あまた嬉しも、でも良さそうだが。情感としては、悲しものほうがしっくりくる。なぜだ?オレ? 鳥じもの海に浮き居て沖つ波 騒くを聞けばあまた悲しも  万1184 *鳥でもないのに海で浮いているような波。波の音を聞いていると悲しくなる。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7