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万葉集巻第6_1048-1049番歌(たち変り古き都と)~アルケーを知りたい(1874)

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▼遷都後の都の道に雑草が伸びている、荒れている、と嘆く歌。田辺福麻呂の旧都への愛着が伝わる。福麻呂さん、ご安心を、また都は奈良に戻って来ますから。  反歌二首 たち変り古き都となりぬれば 道の芝草長く生ひにけり  万1048 *時間が経って古い都になってしまい、道の雑草も長く伸びてきた。 なつきにし奈良の都の荒れゆけば 出で立つごとに嘆きし増さる  万1049 *慣れ親しんでいた奈良の都が荒れるので、道に出るたびに嘆きが増す。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1047番歌(通ひし道は馬も行かず)~アルケーを知りたい(1874)

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▼遷都によって旧都になった都を詠う。フレーズの対が気持ち良い。それが三つある。「山見れば・里見れば」「 思へりし・ 頼めりし」「 春花の・ 群鳥の 」。奈良の都への愛着が伝わる。  寧楽の故郷を悲しびて作る歌一首  幷せて短歌 やすみしし 我が大君の 高敷かす 大和の国は すめろきの 神の御代より 敷きませる 国にしあれば 生 (あ) れまさむ 御子の継ぎ継ぎ 天の下 知らしまさむと 八百万 千年を兼ねて 定めけむ 奈良の都は かぎろひの 春にしなれば 春日山 御笠の野辺に 桜花 木の暗隠り 貌鳥は 間なくしば鳴く 露霜の 秋さり来れば 生駒山 飛火が岳に 萩の枝を しがらみ散らし さを鹿は 妻呼び響む 山見れば 山も見が欲し 里見れば 里も住みよし もののふの 八十伴の男の うちはへて 思へりしくは 天地の 寄り合ひの極み 万代に 栄えゆかむと 思へりし  大宮すらを 頼めりし  奈良の都を 新代の ことにしあれば 大君の 引きのまにまに 春花の  うつろひ変り 群鳥の  朝立ち行けば さす竹の  大宮人の 踏み平し 通ひし道は 馬も行かず 人も行かねば 荒れにけるかも  万1047 * 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1044-1046番歌(世間を常なきものと今ぞ知る)~アルケーを知りたい(1873)

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▼今回は、 740年に奈良から久邇京への 遷都があった後、奈良が寂れる様子を悲しむ歌三首。後の時代の人間から見ると、5年経ったらまた都になるので、そんなに寂しがらなくても良いのにと思ったりする。でもそんなこと分かるわけない。同じように今のいろいろな嘆きも5年も経てば別の嘆きに取って代わられるかも知れないし。嘆きの遷都。  寧楽の京の荒墟を傷惜みて作る歌三首  作者審らかにあらず 紅に深く染みにし心かも 奈良の都に年の経ぬべき  万1044 *紅が深く染みるように私の心も奈良の都に馴染んで年を重ねたい。 世間を常なきものと今ぞ知る 奈良の都のうつろふ見れば  万1045 *世間は常に変化するとあらためて知る。奈良の都のうつろいを見ると。 岩つなのまたをちかへりあをによし 奈良の都をまたも見むかも  万1045  *岩に這う蔦のようにまた若返って奈良の都をまた見たいものだ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1043番歌(たまきはる命は知らず)~アルケーを知りたい(1872)

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▼今回は前回の続き。 二首セットの後の一首。家持と市原王が小高い丘に登り、そこにある松の枝を結んで健康長寿を祈る歌。共感できます。 たまきはる命は知らず松が枝を 結ぶ心は長くとぞ思ふ  万1043 *人の寿命は分からないので、松の枝を結んで祈る時、長くあって欲しいと思ふ。  右の一首は大伴宿禰家持が作。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1042番歌(一つ松幾代か経ぬる)~アルケーを知りたい(1871)

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▼今回の歌は二首セットの初めの一首。家持と市原王が久邇京近くの岡を散策したときの歌。前書きに「松の下に集ひて飲む」とある。詠むじゃなくて飲む?ここで小宴を持ったのだろうか、と思った。 1042番は、松を吹き抜ける風の音の清らかさを詠っている。相当に強い風が吹いてないと枝を抜ける風音が聞こえないんじゃないか?と思うと気になって仕方がない。  同じき月の十一日に、活道の岡に登り、一株 (ひともと) の松の下に集ひて飲む歌二首 一つ松幾代か経ぬる吹く風の 声の清きは年深みかも  万1042 *この一本の松は年を重ねた古木なのだろう。吹き抜ける風の音が清く聞こえる。  右の一首は市原王が作。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1041番歌(我がやどの君松の木に)~アルケーを知りたい(1870)

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▼君を待つ→君松の木、雪→行き、とダブルでシャレてみた和歌。天平16年の歌。西暦では744年。この頃から今に至るまでシャレを言わずにはおれないのだ。この歌の作者は不明だが、集まったのは阿倍虫麻呂の家。阿倍虫麻呂といえば、4年前の740年には藤原広嗣が起こした乱を勅使として鎮圧に向かった人。ダブルのダジャレに、あははと笑って喜んだのかな。  十六年甲申の春の正月の五日に、諸卿大夫、 安倍虫麻呂 朝臣が家に集ひて宴する一首 作者審らかにあらず 我がやどの君松の木に降る雪の 行きには行かじ待ちにし待たむ  万1041 *私の家にある「君待つ木」に雪が降っています。迎えに行くのは行かず、待つだけ待つことにします。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1040番歌(ひさかたの雨は降りしけ)~アルケーを知りたい(1869)

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▼今回は、 安積親王 (あさかしんのう) が藤原八束の家で宴会を開き、同席していた家持が詠んだ 743年の 歌。 安積親王は聖武天皇の息子で、この年、15歳。八束が28歳。家持は25歳。みなさんお若い。雨の夜、仲の良い仲間が集まったのだから、飲み明かしましょう、と詠う家持。   安積親 王 、左少弁 藤原八束 朝臣が家にして宴する日に、内舎人 大伴宿禰家持 が作る歌一首 ひさかたの雨は降りしけ思ふ子が やどに今夜は明して行かむ  万1040 *ひさしぶりの雨が降りしきるので気の合うお方の家で今夜はずっと飲みましょう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6