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万葉集巻第7_1193番歌(背の山に直に向へる)~アルケーを知りたい(2012)

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▼山の間にかかる橋の風景を人と人の関係に例えている。風景をこのように見立てる心持ちが気持ちよい。 背の山に直に向へる妹の山 事許せやも打橋渡す  万1193 *背山と向き合う場所に妹山がある。妹山が許したのだろう、背山との間に橋が渡してある。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1192番歌(白栲ににほふ真土の)~アルケーを知りたい(2011)

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▼今回も、馬をきっかけにして家を思う歌。馬が進みたがらない。これは家の者が私を恋しく思っているからだ、と解釈する歌。本当に恋しがっているのか、それとも自分が恋しく思っているのか、読み手には、そこのところが分からない。そういう表現にしているのが馬つまづくや馬なづむタイプの歌のミソだ。 白栲ににほふ真土の山川に 我が馬なづむ家恋ふらしも  万1192 *真土山の川辺で私の馬が進むのを躊躇している。家の者が私を恋しがっているらしい。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1191番歌(妹が門出入りの川の)~アルケーを知りたい(2010)

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▼万葉時代は、川の瀬で馬がつまづくのは、家族が自分を思っている印、ということになっていたようだ。自分が家族を思い出すのではないところが面白い。 妹が門 (かど) 出入 (いでいり) りの川の瀬を早み 我が馬つまづく家思ふらしも  万1191 *出入川の瀬の流れの早い所で私の馬が躓いた。家の者が私を思い出しているのだろう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1190番歌(舟泊ててかし振り立てて)~アルケーを知りたい(2009)

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▼今回は舟旅の途中、見逃せない場所で一泊しましょう、という歌。波が高いから寄りたいけれど残念ながら通り過ぎる歌があるが、それに対して今回は、ばっちり舟を泊めて素晴らしい浜辺を味わう歌。泊まることを「廬りせむ」と表現するのだが、景勝地らしいので もしかしたら ホテルというか旅館もあるのかも(葦を刈り取って小屋を作るのではなさそう)。 舟泊 (は) ててかし振り立てて廬 (いほ) りせむ 名児江 (なごえ) の浜辺過ぎかてぬかも  万1190 *舟を泊め、係留用の杭を打って宿泊しましょう。名児江の浜辺を素通りするのが惜しいから。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1189番歌(大海にあらしな吹きそ)~アルケーを知りたい(2008)

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▼今回の歌のしなが鳥は 猪名の枕詞なので気にしない。港に着くまで嵐にならないように、と祈る歌。舟に乗っているのか、舟を待っているのか、どちらかは不明だけど、舟の無事入港を祈る心情は共通。舟泊つ後はあらし吹くともよし、だ。 大海にあらしな吹きそしなが鳥 猪名 (ゐな) の港に舟泊つるまで  万1189 *嵐よこの海で吹かないでくれ。猪名港に舟が無事に泊るまでは。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1188番歌(山越えて遠津の浜の)~アルケーを知りたい(2007)

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▼今回出て来る遠津浜 。これがどこの地名なのか、分かってない。浜があって岩つつじがある場所だ。歌からキレイな印象を受けるのだが、これは「ふふみて」の効果と思ふ。ふふみて待てというから待っていたら帰ってこない、ということはないのでしょうね。 山越えて遠津 (とほつ) の浜の岩つつじ 我が来るまでにふふみてあり待て  万1188 *遠津浜の岩つつじよ、私が来るまで蕾のままで待っていてくれ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1187番歌(網引する海人とか見らむ)~アルケーを知りたい(2006)

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▼今回は、当時から「人が自分をどう見るか」を意識していたのが分かる歌。漁師と見間違われるんじゃなかと詠うのが定番なのかな。よくあるのだが(笑)。さて、今だと、誰に見間違われたいかな自分は・・・そうさな、粋な人、かな。 網引する海人とか見らむ 飽の浦の清き荒磯を見に来し我れを  万1187 *人が見たら私のことを網を引いている漁師と思うかも知れない。飽の浦の清らかな磯の見物に来た私なのだが。   右の一首は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7