アルケーを知りたい(185) ノーベル物理学賞 1907年 アルバート・マイケルソンさん

▼第7回のノーベル物理学賞受賞者は、アメリカの物理学者アルバート・マイケルソンさん(54)。干渉計の考案とそれによる分光学およびメートル原器の研究の功績に対して贈呈。

▼アンリ・モアッサンさんの人脈: 


【先達】
レオン・フーコー  Léon Foucault
 1819 - 1868 フランスの物理学者。 1819年、パリ生まれ。 1830(11)写真技術の修得開始。 1845(26)銀板写真で太陽表面の詳細の撮影に成功。 1847(28)太陽光が波動と考え光速度測定装置の開発に着手。 1850(31)回転鏡による光速度測定実験で、光の速度の測定に成功(313,000km/s)。光の速度は空気中のほうが水中よりも大と証明。  1862(43)回転鏡による光速度測定法を改良(298,000km/s)。  1868(49)多発性硬化症のためパリで死去。

→ 意味調べ(84) フーコーの実験 Foucault experiment



【先輩】
サイモン・ニューカム  Simon Newcomb
 1835 - 1909 

アメリカの天文学者、応用数学者。 1835年、カナダのノバスコシア州ウォレス生まれ。学校教師の父から教育を受ける。 1856(21)メリーランド州で数学、天文学を自学。独力で『プリンキピア』を学ぶ。 1857(22)マサチューセッツ州ケンブリッジの航海年鑑局で計算手。ハーバード大学ローレンス科学スクール(理工学専攻)に入学。 1858(23)ハーバード大学で理学学士。ベンジャミン・パースに数学を学ぶ。 1861(26)アメリカ海軍天文台で数学・天文学の教授。 1877(42)航海年鑑局長。主要な天文定数の再計算に着手。 1878(43)天文定数の正確な値を算出するため正確な光速度の測定を計画。レオン・フーコーの方法を改善していたときマイケルソンさんと知己を得る。 1880(45)マイケルソンさんの協力を得てアメリカ海軍天文台で最初の測定を実施。 1884(49)ジョンズ・ホプキンス大学で数学と天文学の教授。 1896(61)パリで標準化会議開催。全ての天体暦はニューカムの太陽表に基づくと合意。 1909(74)膀胱癌のためワシントンD.C.で死去。



【共同研究者】
エドワード・モーリー Edward Morley
 1838 - 1923 アメリカの物理学者。1838年、ニュージャージー州ニューアーク生まれ。 1869(31)ケース・ウェスタン・リザーブ大学で化学の教授(1906年まで)。 1887(49)マイケルソン・モーリーの実験を行う。光速度不変の原理を導く。 1902(64)エーテルの存在を見つけるためデイトン・ミラーさんとモーリー=ミラーの実験を行う。(1906年まで)。 1923(85)コネチカット州ウエストハートフォードで死去。



【共同研究者】
フランシス・ピーズ Francis Pease
 1881 - 1938 アメリカの天文学者。 1881年、マサチューセッツ州ケンブリッジ生まれ。シカゴ工科大学で学ぶ。ヤーキス天文台で観測者、光学技術者。多くの大口径望遠鏡の設計を手がけたジョージ・リッチー氏の助手。 1908(27)ウィルソン山天文台で光学技術者。100-inch望遠鏡、50-foot干渉計を設計。 1920(39)マイケルソンさんと100-inch望遠鏡に取り付けた干渉計で赤色巨星ベテルギウスの視角を測定。 1928(47)パロマー天文台の200-inch ヘール望遠鏡を設計、球状星団M15の中の惑星状星雲を発見。後にPease1と呼ばれる。 1938(57)死去。


【弟子】ロバート・ミリカン Robert Millikan 1868 - 1953

 1923年、ノーベル物理学賞受賞(電気素量、光電効果に関する研究)

 → 意味調べ(98)ミリカンの実験  Oil drop experiment

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