私の熱力学第三法則:ヴァルター・ネルンストさんの教訓

アルケーを知りたい(321)  ヴァルター・ネルンスト /Walther Nernst_教訓:

今回の話題は(A)物理学。

▼ネルンストさんの教訓:私の熱力学第三法則

教訓の理由 フリッシュさんの本にはネルンストさんについて20行(訳本は14行)が充てられている。その中に「物理学の偉大な原理のひとつである熱力学第三法則はネルンストの創造であり、今世紀の初めにはカイザーにも大きな影響力があった(p.45)」と書かれている。創造者は自分の法則をとても大事にして、講義ではいつも私の熱力学第三法則と言っていたという(日本版Wikipedia)。私の「〇〇」というものを持ってるのはさぞ楽しいことだろうと思ったのがこの教訓の理由。

感想 WWIで息子2人が戦死、WWIIでは娘の結婚相手がユダヤ人だったため国外脱出。親として二度も辛い経験をした。終戦を見ないまま死去。しかし、悲しみだけではないのがネルンストさん。人とのコミュニケーションも達者でビジネスの才覚もあり、経済的には最後まで豊かに生きた。


ヴァルター・ネルンスト
Walther Nernst, 1864年6月25日 – 1941年11月18日

1864年、プロイセン王国ブリーゼン(現ポーランドのヴォンブジェジノ)生まれ。父は裁判官。

グラウデンツの小学校。グラウデンツのギムナジウム。

1883(19)チューリッヒ大学、ベルリン大学、グラーツ大学(ボルツマンさんが指導)で物理と数学を学ぶ。

1886(22)ボルツマン先生のもとで研究、ネルンスト効果を発表。


1887(23)ヴュルツブルク大学で博士。指導教員はフリードリッヒ・コールラウシュ先生(Friedrich Kohlrausch, 1840年10月14日 - 1910年1月17日)

1889(25)ライプツィヒ大学で教授資格取得。ライプツィヒ大学でフリードリヒ・ヴィルヘルム・オストヴァルト先生(Friedrich Wilhelm Ostwald, 1853年9月2日 – 1932年4月4日)の助手。電流の熱力学を研究。

1892(28)結婚。ゲッティンゲン大学で講師。教科書「Theoretical Chemistry」を発刊。好評で英語・フランス語・ロシア語に翻訳される。

1895(31)研究所開設。電球を発明し特許権を売却。

1905(41)ベルリン大学で教授。カイザー・ヴィルヘルム2世(Wilhelm II., 1859年1月27日 - 1941年6月4日)と親しくなり、科学振興のため カイザー・ヴィルヘルム協会の設立を促す。

1906(42)熱力学第三法則を発表。

1909(45)チューリッヒに行き当時まだ無名だったアインシュタインさんを訪ねる。プランクさんとベルリン大学にリクルートする準備を進める。


1911(47)エルネスト・ソルベイ(Ernest Solvay, 1838年4月16日 – 1922年5月26日)さんとソルベー会議を主催。議長はヘンドリック・ローレンツさん(Hendrik Antoon Lorentz、1853年7月18日 - 1928年2月4日)。アインシュタインさんを招待。カイザーヴィルヘルム協会設立。


1913(49)アインシュタインさんがベルリンに移住。

1914(50)WWI。長男と次男が入隊。軍に志願し化学薬品・火薬を使用する武器の研究開発に従事、鉄十字一等勲章・功労大章。

1917(53)大学に復帰。『新しい熱定理』発表。

1918(54)WWI終戦。長男と次男は戦死。

1920(56)ノーベル化学賞(熱化学の研究)。ドイツ、ラウジッツのツィベレ(現ポーランドのニビツァ)に自宅を購入。

1921(57)ベルリン大学で総長。

1922(58)国立物理工学研究所所長。

1924(60)ベルリン大学で物理学教室主任。

1927(63)フリッシュさん(23才)がPTRの光学部門で研究。

1930(66)フリッシュさん(23才)がベルリンのPTRからハンブルグに移る。

1932(68)ロンドン王立協会の外国人会員。ドイツの政権をナチスが獲得。アインシュタインさんはベルリンを離れ渡米。

1933(69)ベルリン大学を引退。ツィベレで生活。

1939(75)WWII。ユダヤ人と結婚していた二人の娘は英国とブラジルに避難。

1941(77)ツィベレで妻に看取られながら死去。墓はプランクさんとラウエさんの間。

〔参考〕https://en.wikipedia.org/wiki/Walther_Nernst

オットー・フリッシュ著、松田文夫訳(2003)『何と少ししか覚えていないことだろう』吉岡書店。p.42

Otto Robert Frisch (1979),  What little I remember. Cambridge University Press. p.34

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