つかみどころのない人物(ロバート・オッペンハイマーさん):アルケーを知りたい(361)

今回の話題は(C)マンハッタン計画。

▼マンハッタン計画で科学者を統括したオッペンハイマーさんのエピソードをフリッシュ本とパイエルス本から拾った。つかみどころがない人だ。

フリッシュ本:「私は早くからロバート・オッペンハイマーにも会った。オッペンハイマーは著名な物理学者で、この施設の科学の統括者であり、新入りを『ロスアラモスへようこそ。ところで、あなたは一体どなたでしたっけ』という言葉で迎えるのが常だった(p.187)」

オッピーはプロジェクトが必要とする化学者や物理学者やエンジニアだけでなく、画家や哲学者やその他の、あまり本来の仕事に似つかわしくない人物まで集めていた。文化的な共同社会は、そのような人々がいないと不完全になるとオッピーは感じていたのだ(p.187)」

パイエルス本:「オッペンハイマーとはチューリッヒ時代から顔馴染みであり、私は彼をずっと尊敬をしていた。今また、原子エネルギーの問題に関する彼の明晰な理解力に触れて、私は強い印象を受けた。彼はフリッシュと私が提起した殆どの点や、その後の展開における多くの問題をすでに考察していた(p.260)」

「ロバートは食べ物や飲み物について固い信念を持っていた。(中略)ステーキは必ずレア(生焼)だった。ある会合の後でオッペンハイマーは会議の参加者をステーキハウスに連れて行った。みなステーキを注文し、給仕が焼き方を聞いて回った。オッペンハイマーは『レア』と言い、誰もが順番にその言葉を繰り返したが、最後にオッペンハイマーの隣まで戻ってきたとき、そこの男は『ウエルダン』と言った。するとロバートは彼を見て『魚にしたらどうだ』と言った(p.285)」・・・これはパイエルスさんの書き方の妙が勝っている。

「オッペンハイマーは何が重要な問題であるかを的確に理解し、それをまとめ上げるのが極めて上手だった。議論での彼の理解の速さは印象的だった。彼と話すと、こちらが言いたいことを半分も言わないうちに論点を掴み回答を返してきた。オッペンハイマーは人の扱いにおいて非常に感覚が鋭く、すぐに人々の信頼を勝ち取った。これが多士済々な顔ぶれをうまく引きつけられたことのひとつの理由でもある(p.286)」

〔参考〕https://en.wikipedia.org/wiki/J._Robert_Oppenheimer
オットー・フリッシュ著、松田文夫訳(2003)『何と少ししか覚えていないことだろう』吉岡書店。
Otto Robert Frisch (1979),  What little I remember. Cambridge University Press. 
ルドルフ・パイエルス著、松田文夫訳(2004)『渡り鳥ーパイエルスの物理学と家族の遍歴ー』吉岡書店。
Rudolf Peierls (1985), Bird of Passage --- Recollections of a Physicist. Princeton University Press.
ルドルフ・パイエルス Rudolf Ernst Peierls, 1907年6月5日 - 1995年9月19日
オットー・ロベルト・フリッシュ Otto Robert Frisch, 1904年10月1日 - 1979年9月22日
リーゼ・マイトナー Lise Meitner, 1878年11月7日 - 1968年10月27日

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