数学者にして水爆理論の父(スタン・ウラムさん):アルケーを知りたい(370)

今回の話題は(C)マンハッタン計画。

▼数学者のスタン・ウラムさん(35)は1944年2月からロスアラモス研究所に加わった。原爆開発の途上で発生する問題をノイマンさんと共にENIACを駆使して解決した。フリッシュさん(40)はウラムさんを敬意をもって紹介している。

フリッシュ本:フリッシュさんの本にはウラムさんの写真が出ている。そのキャプションが次。「スタニスロー・M・ウラム アメリカに移住したポーランド人で、優れた純粋数学の技術を、一時期、原子兵器の問題に適用した(p.192)」

Wikipediaのウラムさんの解説で引用されている一節を含む記述が次だ。「それから、ポーランド生まれの数学者で、魅力的なフランス人の妻を持つ、スタン・ウラムがいた。ウラムは私に対して、かつて自分は抽象的な記号だけで仕事をする純粋な数学者だったが、今では低いレベルに落ち込んでしまい、最近の自分のレポートは実際の数字、本当に小数点付きの数字を含んでいる、と説明してくれた。何という不名誉なことだとウラムは言っていたが、実際には、原子爆弾の挙動を予測するために、最も難解で抽象的な数学の手法を使う神秘的な技術を持っていた(p.192)」
「魅力的なフランス人の妻」とは、フランソワーズ・アロン・ウラムさん(26、Françoise Aron Ulam、1918パリ -  2011サンタフェ)。夫妻とも家族がホロコーストで犠牲になった。夫の仕事をサポートし適切なアドバイスをする妻である。

〔参考〕https://en.wikipedia.org/wiki/Stanislaw_Ulam
オットー・フリッシュ著、松田文夫訳(2003)『何と少ししか覚えていないことだろう』吉岡書店。
Otto Robert Frisch (1979),  What little I remember. Cambridge University Press. 
ルドルフ・パイエルス著、松田文夫訳(2004)『渡り鳥ーパイエルスの物理学と家族の遍歴ー』吉岡書店。
Rudolf Peierls (1985), Bird of Passage --- Recollections of a Physicist. Princeton University Press.
ルドルフ・パイエルス Rudolf Ernst Peierls, 1907年6月5日 - 1995年9月19日
オットー・ロベルト・フリッシュ Otto Robert Frisch, 1904年10月1日 - 1979年9月22日
リーゼ・マイトナー Lise Meitner, 1878年11月7日 - 1968年10月27日

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