フランス革命と科学者の関係:アルケーを知りたい(451)
今回の話題は・・・閑話休題。
▼アンペールさんの場合:アンペールさんを教育していた父親はフランス革命に反対の立場。その姿勢を崩さなかったため、父親はジャコバン派によって断頭台で処刑された。この出来事があったのはアンペールさんが18歳のとき。ショックを受けたアンペールさんは1年以上、無気力状態に陥る。
▼ラボアジェさんの場合:質量保存の法則を発見したフランスの化学者。裁判のときジャコバン派の裁判長は「共和国に化学者は不要である」と断じてその日のうちに断頭台で処刑された。友人のラグランジュさんは「彼の頭を切り落とすのは一瞬だが、彼と同じ頭脳を持つものが現れるには100年かかる」「なぜ私が残されたのかわからない」と嘆き一生苦しんだ。
▼デュポンさんの場合:デュポン社の創業者。デュポンさんは16歳のときラボアジェさんから直接、火薬の製造技術を学んだ弟子。23歳のとき父親がジャコバン派に逮捕・投獄される(断頭台は免れる)。28歳のときデュポン一家はフランスに見切りをつけアメリカに移住。
アントワーヌ・ラヴォアジエ Antoine-Laurent de Lavoisier、1743 - 1794
エルテール・イレネー・デュポン Éleuthère Irénée du Pont、1771 - 1834
アンドレ=マリ・アンペール André-Marie Ampère、1775 - 1836
▼今日の人物:ラボアジェさんの断頭台処刑にショックを受けたラグランジェさん。
ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ Joseph-Louis Lagrange、1736 - 1813 国▽フランス。教育▽トリノ大学卒業。業績▽『解析力学』、フランス経度局の創設メンバー、メートル法の制定。評価▽数理物理学の基礎を作った。職業▽エコール・ポリテクニーク他の教授。人脈▽オイラー、ラプラス、ダランベール、ラヴォアジエ。弟子▽マリー・アントワネット、ジョゼフ・フーリエ、シメオン・ドニ・ポアソン
〔参考〕
有山智雄et al.『中学総合的研究 理科〔四訂版〕』旺文社。
平尾淳一『総合的研究 物理』旺文社。
https://en.wikipedia.org/wiki/Joseph-Louis_Lagrange
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