1812、ヨウ素~クルトア(仏):アルケーを知りたい(594)

今回は化学。

ヨウ素。元素記号は I、原子番号53、iodine。名前の由来は、気体がすみれ色であることから、すみれ色を意味のギリシア語 iôdês からゲイ=リュサックが iodeと命名。

▼経緯。
1811年、クルトア海藻の灰から新しい元素を発見。資金がなかったので友人のデゾルムとクレマン、ゲイ=リュサック、アンペールらにサンプルを渡して分析を依頼。
1813年11月29日、デゾルムとクレマンはクルトワの発見を公表。
同年12月6日、ゲイ=リュサックは、新しい物質が元素または酸素の化合物であると発表し iode という名前を提案。
同年12月10日、アンペールからクルトアのサンプルを受け取ったデービーは、調査の結果、新しい元素を特定したとロンドン王立協会に報告。
ヨウ素の最初の特定者について、ゲイ=リュサックとデービーの間で論争が起こる。ヨウ素を単離したのはクルトワであるとの認識は一致。
1873年、ヨウ素の防腐作用が発見。
1908年、殺菌用のヨードチンキが登場。

クルトア Bernard Courtois 1777 - 1838
フランスの化学者
【人物】父親は硝石事業者。発明の権利を公にしていなかったため晩年は経済的に困窮。遺族には財産がなかった。
【教育】陸軍で薬学を学ぶ
【職業】? 
【業績】1811(34)海藻の灰からヨウ素を発見
1822(45)高品質のヨウ素とその塩の製造を開始
1831(54)ヨウ素の医学的価値が認められ王立科学アカデミーから受賞

【同じ年生まれの人】
ルイ・テナール Louis Jacques Thénard 1777 - 1857 フランスの化学者。ゲイ=リュサックの親友。 1802(25)、顔料のコバルト・ブルーを発明。1808(31)ホウ素を発見。

エルステッド Hans Christian Ørsted 1777 - 1851 デンマークの物理学者、化学者。1820(43)電流の磁気作用を発見。 

ガウス Johann Carl Friedrich Gauß 1777 - 1855 ドイツの数学者・天文学者・物理学者

【ネットワーク】
シャルル・デゾルム Charles Bernard Desormes 1777 - 1862 フランスの物理学者、化学者 ▼義理の息子ニコラ・クレマンがクールトアから頼まれたヨウ素のサンプルを分析、1813年11月29日にクレマンと共同でクールトアの業績を公開

デービー Humphry Davy 1778 - 1829 イギリスの化学者、発明家 ▼1813(35)パリ旅行のさいゲイ=リュサックの依頼でクールトアが分離した物質(ヨウ素)を調査、新しい元素に違いないと判断

ゲイ=リュサック Joseph Louis Gay-Lussac 1778 - 1850 フランスの化学者、物理学者 ▼1811(33)ヨウ素が元素であるとし、その特性を詳述し、iode という名称を提案

ニコラ・クレマン Nicolas Clément 1779 - 1841 フランスの物理学者・化学者 ▼友人のクールトアからヨウ素のサンプルの分析を依頼される。1813年11月29日にシャルル・デゾルムと共同でクールトアの業績を公開

カシミール・ダヴェイン Casimir-Joseph Davaine 1812 - 1882 フランスの医師。敗血症研究のパイオニア ▼ヨウ素の防腐作用の発見者

アントニオ・グロシッチ Antonio Grossich 1849 - 1926 イタリアの外科医。▼1908年、人の皮膚を迅速に滅菌する方法としてヨウ素チンキを導入

【似顔絵サロン】























〔参考〕
『理科年表2022』
https://en.wikipedia.org/wiki/Bernard_Courtois

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