1831、クロロホルム~リービッヒ(独)・スベイラン(仏)・ガスリー(米):アルケーを知りたい(628)

今回は化学。

クロロホルム。CHCl3。chloroform。用途は、溶媒や溶剤。

▼経緯。
1831年、ドイツの化学者リービッヒ、フランスの薬学者スベイラン、アメリカの医師ガスリーが独立してクロロホルムを発見。
1847年、イギリスの医師シンプソンがクロロホルムを臨床に応用。
1853年・1857年、イギリスの医師スノウが、ヴィクトリア女王にクロロホルム麻酔で無痛分娩行い成功。
後に毒性が判明、麻酔薬は別のものに置換。

▼ここが面白い:三つある。一つ目。同じ年に違う国で3人が別々にクロロホルムを発見していること。
二つ目。リービッヒとレービッヒ(→618)は名前が似ている、同じドイツの化学者、生年が同じ、共に臭素に関わる。気を付けないと間違えそうになる。
三つ目。現代はクロロホルムに代わるより安全な麻酔薬が登場している。麻酔の分野は進化している。

リービッヒ Justus Freiherr von Liebig 1803年5月12日 - 1873年4月18日 
ドイツの化学者。農芸化学の父
【教育】1822(19) ルートヴィヒ1世から留学奨学金を得てパリ大学ソルボンヌ校に留学。フンボルト(→626)の紹介でゲイ=リュサック(→584)の研究室で研究。
1823(20) エアランゲン大学で博士。
1824(21) 雷酸塩の研究にフンボルトがお墨付きを出す。
【職業】1824(21) フンボルトのお墨付きを見たルートヴィヒ1世がギーセン大学助教授に任命。
1826(23) ギーセン大学で教授。学生実験室を設置、学生が研究と論文作成を進めるスタイルを構築。ホフマンケクレヴュルツジェラールフランクランドウィリアムソンソブレロらが学ぶ。
【業績】
1826(23) 雷酸塩がヴェーラー(→621)が研究中のシアン酸塩と同じ組成であることを発見。ベルセリウス(→614)が異性体と命名。
1831(28) リービッヒ冷却器を発表。
1831(28) クロロホルムを発見

スベイラン
 Eugène Soubeiran 1797年12月5日 - 1859年11月17日 フランスの薬剤師。【職業】1823(26) パリのラ・ピティ病院で主任薬剤師。
1832(35) パリの病院とホスピスのPharmacie Centrale(医薬品製造・流通部門)でディレクター。
1833(36) 薬学の助教授。
 エコール・ド・ファーマシーで物理学教授。医学の学位を取得。
1853(56) 医学部で薬学科長。
【業績】1831(34) クロロホルムを発見


ガスリー
 Samuel Guthrie 1782 - 1848 アメリカの医師・発明家。
【教育】1810-11(28-29) ニューヨークで医学講義のコースに出席。
【職業】学位取得の後、米陸軍に入隊。
1812(30) 米英戦争中に陸軍外科医として負傷した軍人を治療。
1815(33) フィラデルフィア大学で学び直し。
1817(35) 医師・発明家。
【業績】1831(49) クロロホルムを発見

【ネットワーク】
シンプソン James Young Simpson 1811年6月7日 - 1870年5月6日 スコットランドの産科医。▼1847(36) クロロホルム麻酔を初めて医学で応用。

スノウ John Snow 1813年3月15日 - 1858年6月16日 イギリスの医師。▼1853(40)、1857(44) ヴィクトリア女王にクロロホルム麻酔を用いた無痛分娩を成功させる。これによって無痛分娩が社会に認知された。

【似顔絵サロン】







































〔参考〕
『理科年表2022』
https://en.wikipedia.org/wiki/Justus_von_Liebig
https://en.wikipedia.org/wiki/Eug%C3%A8ne_Soubeiran
https://en.wikipedia.org/wiki/Samuel_Guthrie_(physician)

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