阿波野 青畝~定型詩でアルケーを知りたい(829)

今回は俳句。

飯にせむ 梅も亭午と なりにけり
感想 亭午(ていご)は、牛(うま)の刻=昼の12時に亭(いた)る、の意。時計になると牛はうま。昼飯前に使ってみたくなる。飯にせむ 腹も亭午と なりにけり

阿波野 青畝 あわの せいほ 俳人。
【プロフィール】 
1899(明治32)年2月10日、奈良県生まれ。父親は銀行員。
幼少時、難聴になる。
1915(16) 「ホトトギス」を知り句作を開始。
1917(18) 句会で虚子と出会い師事。
1918(19) 奈良県立畝傍中学校を卒業。南都銀行に入行。
1919(20) 虚子の客観写生に抗議。返書で諭され納得。
1924(25)「ホトトギス」選者。
1929(30) 俳誌「かつらぎ」の主宰。「ホトトギス」同人。
1942(43) 戦時統制令で「かつらぎ」が他誌と合併。
1946(47) 「かつらぎ」を復刊、発行人。
1951(52) 虚子の「ホトトギス」選者退任に伴い「ホトトギス」へ投稿を終える。
1969-(70-) よみうり俳壇大阪本社選者。
1973(74) 第7回蛇笏賞受賞。
1992(平成4)年12月22日、兵庫県で死去。93歳。
 ルノアルの 女に毛糸 編ませたし
 モジリアニの 女の顔の 案山子(かかし)かな
 牡丹百 二百三百 門一つ
 山又山 山桜又 山桜

【キーワードと感想】
虚子の「ホトトギス」選者退任に伴い「ホトトギス」へ投稿を終える 青畝にとってホトトギスとの付き合いは虚子との付き合いだったんだ。

【ネットワーク】
高濱 虛子 たかはま きょし 1874(明治7)年2月22日 - 1959(昭和34)年4月8日 松山出身の俳人・小説家。▼虚子の「客観写生」に抗議。これに対し虚子は「あなたの芸術を大成するために大事なこと。他日成程と合点の行くときが来る」と返事。青畝、納得。

【似顔絵サロン】














〔参考〕
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E6%B3%A2%E9%87%8E%E9%9D%92%E7%95%9D

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