安住 敦~定型詩でアルケーを知りたい(840)

今回は俳句。

芹をつみ来し 妻の手が 夜はにほふ
感想 自分の手の事例で言うと、にんにく醤油 作ったあとの手のかおり。

安住 敦 あずみ あつし 俳人
【プロフィール】 
1907年7月1日、東京市芝区生まれ。
1926(19) 立教中学校卒業。
1928(21) 逓信官吏練習所卒業。逓信省簡易保険局に入所。
1930(23) 短歌を橋田東声に師事。俳句を上司の富安風生に師事。以後8年の間短歌と俳句をともに続ける
1935(28) 日野草城に師事。
1946(39) 『春燈』の創刊編集人。主宰は久保田万太郎、発行人は大町糺。「花鳥とともに人生があり、風景のうしろに人生がなければつまらない」 
1963-88(56-81) 万太郎(74)の死去後、『春燈』を主宰。
1988年7月8日、肺炎で死去。81歳。
 ふらんす映画の 終末のごとき別れ とつぶやく
 花明し わが死の際も 誰がゐむ

【キーワードと感想】
花鳥とともに人生があり、風景のうしろに人生がなければつまらない これは『春燈』の編集人としてのメッセージ。そうだ!と共感。知識のうしろ、技術のうしろの人が見えると俄然面白くなる。

【ネットワーク】
富安 風生 とみやす ふうせい 1885(明治18)年4月16日 - 1979(昭和54)年2月22日 俳人。師匠は虚子。よろこべばしきりに落つる木の実かな ▼富安さんは安住さんと職場の上司・部下であり、句作の師匠・弟子の関係だった。22歳違いなので、ほぼ親子ほどの年齢差。

久保田 万太郎 くぼた まんたろう 1889(明治22)年11月7日 - 1963(昭和38)年5月6日 俳人。神田川祭の中をながれけり ▼『春燈』の創刊仲間。いくら苦しくなつても、たとへば、夕霧の中にうかぶ春の灯は、われわれにしばしの安息をあたへてくれるだらう」と創刊の辞を綴った。

日野 草城 ひの そうじょう 1901(明治34)年7月18日 - 1956(昭和31)年1月29日 俳人。 ミヤコホテルシリーズの作者。▼こちらも安住さんの師匠。富安さんよりぐっと若く、安住さんの6歳上。

【似顔絵サロン】











































〔参考〕
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E4%BD%8F%E6%95%A6

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