山上憶良の万葉集813-814番歌~アルケーを知りたい(1135)

▼筑前の国、怡土(いとぐん)深江にある石の伝説を憶良が歌にした作品。怡土は、福岡県にあった郡。現在は糸島郡二丈町深江。鎮懐石八幡宮

 筑前の国怡土の郡深江の村子負の原に、海に臨める丘の上に二つの石あり。
大きなるは、長一尺二寸六分、囲み一尺八寸六分、重さ十八斤五両、小さきは、長さ一寸一尺、囲み一尺八寸、重さ十六斤十両。
ともに楕円く、状鶏子のごとし。
その美好しきこと、勝げて論ふべからず。
いはゆる径尺の壁これなり。<或いは「この二つの石は肥前の国彼杵の郡平敷の石なり、占に当りて取る」といふ
深江の駅家を去ること二十里ばかり、路の頭に近く在り。
公私の往来に、馬より下りて跪拝せずといふことなし。
古老相伝へて「往昔、息長足日女命、新羅の国を征討したまふ時に、この両つの石をもちて、御袖の中に挿著みて鎮懐と為したまふ。<実には御裳の中なり
このゆゑに行く人この石を敬拝す」といふ。
 すなはち歌を作りて曰はく、

かけまくは あやに畏し 足日女 神の命 韓国を 向け平らげて 
御心を 鎮めたまふと い取らして 斎ひたまひし 真玉なす 
二つの石を 世の人に 示したまひて 万代に 言ひ継ぐがねと 
海の底 沖つ深江の うなかみの 子負の原に 御手づから 置かしたまひて 
神ながら 神さびいます 奇(く)し御魂(みたま) 
今のをつつに 貴きろかむ 万813
*言葉に出すのも畏れ多い足日女(神功皇后)が韓国を平定した後、御心を鎮めるために手に取った二つの石を世の人に示して後の世に語り継がせるため、深江の子負の原に御手づからお置きになりました。その石は神々しく今でも貴いものです。

天地のともに久しく言ひ継げと この奇し御魂敷(し)かしけらしも 万814
*天地と共に永らく語り継ぐようにとこの不思議な石を置かれたらしい。

 右の事、伝へ言ふは、那珂の郡伊知の郷簑島の人、建部牛麻呂なり。

【似顔絵サロン】憶良(660-733)の同時代人。藤原 元真 ふじわら の もとざね ? - ? 貴族・歌人。おなじくは我が身も露と消えななむ消えなばつらき言の葉も見じ














〔参考〕
伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%8A%E6%86%B6%E8%89%AF
https://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/okura2.html

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