柿本人麻呂の万葉集138-140番歌~アルケーを知りたい(1164)

▼今回の長歌と短歌のセットは、前にみた131番~133番と姉妹編のようだ。内容は共に妻との別れを惜しむもの。長歌が「靡けこの山」で終わっているのが共通。違うのは、今回の140番の短歌が人麻呂の妻依羅娘子の作であること。問答になっている。

 或る本の歌一首 幷せて短歌
石見の海 津の浦をなみ 
浦なしと 人こそ見らめ 
潟なしと 人こそ見らめ 
よしゑやし 浦はなくとも 
よしゑやし 潟はなくとも 
鯨魚取り 海辺を指して 
和田津の 荒磯の上に 
か青く生ふる 玉藻沖つ藻 
明けくれば 波こそ来寄れ 
夕されば 風こそ来寄れ 
波の共 か寄りかく寄る 
靡き我が寝し 敷栲の 
妹が手本を 露霜の 
置きてし来れば この道の 
八十隈ごとに 万たび 
かへり見すれど いや遠に 
里離り来ぬ いや高に 
山も越え来ぬ はしきやし 
我が妻の子が 夏草の 
思ひ萎えて 嘆くらむ 
角の里見む 靡けこの山 万138

 反歌
石見の海打歌の山の木の間より 我が振る袖を妹見つらむ 万139
 右は、歌の躰同じといへども、句々相替れり。これに因りて重ねて載す。
*石見の海、打歌山の木の間から、妻は私が手を振る姿を見ているだろうか。

 柿本朝臣人麻呂が妻依羅娘子、人麻呂と相別るる歌一首
な思ひと君は言へども逢はむ時 いつと知りてか我が恋ひずあらむ 万140
*あなた様は私に思い煩うな、と仰いますけれども、次に逢えるのはいつなのかが分からないと恋しい思いが続きますがな。

【似顔絵サロン】柿本人麻呂(660-724)の同時代人。聖武天皇 しょうむてんのう 701 - 756 55歳。第45代天皇。父親は文武天皇、母親は藤原不比等の娘。あおによし奈良の山なる黒木もち 造れる室は座せど飽かぬかも 万1638














〔参考〕
伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。
https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetailLink?cls=d_utabito&dataId=201
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%BF%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E9%BA%BB%E5%91%82
https://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/hitomaro2_t.html

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