大伴家持の万葉集478-480番歌~アルケーを知りたい(1211)

▼17歳で亡くなった安積皇子。身近で仕える内舎人だった家持が悲しんで作った歌。今回は六首のうちあとの3首。

 十六年甲申の春の二月に、安積皇子薨ぜし時に、内舎人大伴宿禰家持が作る歌六首
かけまくも あやに畏し 
我が大君 皇子の命 
もののふの 八十伴の男を 
召し集へ 率ひたまひ 
朝狩に 鹿猪踏み起し 
夕狩に 鶉雉踏み立て 
大御馬の 口抑へとめ 
御心を 見し明らめし 
活道山 木立の茂に 
咲く花も うつろひにけり 
世間は かくのみならし 
ますらをの 心振り起し 
剣大刀 腰に取り佩き 
梓弓 靫取り負ひて 
天地と いや遠長に 
万代に かくしもがもと 
頼めりし 皇子の御門の 
五月蠅なす 騒ぐ舎人は 
白栲に 衣取り着て 
常なりし 笑ひ振舞ひ 
いや日異に 変らふ見れば 
悲しきろかも 万478
皇子が元気だったときは朝夕、狩りに出ていた。剣や弓を持って警護していた日々。舎人たちの笑顔や活気が皇子の死去によって変わってしまった。それを見ると悲しくてならない。

 反歌
はしきかも皇子の命のあり通ひ 見しし活道の道は荒れにけり 万479
*痛ましいことです。皇子がご存命のころ通る時にいつも見ていた活道の道が荒れています。

大伴の名に負ふ靫帯びて 万代に頼みし心いずくか寄せむ 万480
 右の三首は、三月の二十四日に作る歌。
*靫負(ゆげい)の大伴という名の靫(ゆき)を持ち、万代までもお仕えしようと思っていた心をこれからどこに向ければ良いのでしょう。

【似顔絵サロン】大伴家持(718-785)の同時代人。9歳年下。藤原 是公 ふじわら の これきみ 727 - 789 奈良時代後期の公卿。政務に通じた有能な官人。














〔参考〕
伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。
https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_utabito&dataId=174
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E4%BC%B4%E5%AE%B6%E6%8C%81
https://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/yakamot2.html

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