万葉集巻第六1047-1067番歌(たち変わり古き都となりぬれば)~アルケーを知りたい(1322)

▼今回は、遷都した旧都を惜しむ歌と新都を祝う歌。歌人・田辺福麻呂の歌集に収められた歌たち。

【似顔絵サロン】田辺 福麻呂 たなべのさきまろ ? - ? 奈良時代の歌人。宮廷歌人。















久米 広縄 くめ の ひろなわ ? - ? 奈良時代中期の歌人・官人。748年、田辺福麻呂を招待して饗宴。その時の歌が1047-1067番。















 寧楽の故郷を悲しびて作る歌一首 幷せて短歌
やすみしし 我が大君の 
高敷かす 大和の国は 
すめろきの 神の御代より 
敷きませる 国にしあれば 
生れまさむ 御子の継ぎ継ぎ 
天の下 知らしまさむと 
八百万 千年を兼ねて 
定めけむ 奈良の都は 
かぎろひの 春にしなれば 
春日山 御笠の野辺に 
桜花 木の暗隠り 
貌鳥は 間なくしば鳴く 
露霜の 秋さり来れば 
生駒山 飛火が岳に 
萩の枝を しがらみ散らし 
をさ鹿は 妻呼び響む 
山見れば 山も見が欲し 
里見れば 里も住よし 
もののふの 八十伴の男の 
うちはへて 思へりしくは 
天地の 寄り合ひの極み 
万代に 栄えゆかむと 
思へりし 大宮すらを 
頼めりし 奈良の都を 
新代の ことにしあれば 
大君の 引きのまにまに 
春花の うつろひ変り 
群鳥の 朝立ち行けば 
さす竹の 大宮人の 
踏み平し 通ひし道は 
馬も行かず 人も行かねば 
荒れにけるかも 万1047

 反歌二首
たち変わり古き都となりぬれば 道の芝草長く生ひにけり 万1048
*昔とは打って変わって古い都になったので、道の雑草も長く伸びています。

なつきにし奈良の都の荒れゆけば 出で立つごとに嘆きし増さる 万1049
*慣れ親しんだ奈良の都が荒れているので、道を進むたびに嘆きたくなります。

 久邇の新京を讃むる歌二首 幷せて短歌
現つ神 我が大君の 
天の下 八島の内に 
国はしも さはにあれども 
里はしも さはにあれども 
山なみの よろしき国と 
川なみの たち合ふ里と 
山背の 鹿背山の際に 
宮柱 太敷きまつり 
高知らす 布当の宮は 
川近み 瀬の音ぞ清き 
山近み 鳥が音響む 
秋されば 山もとどろに 
さを鹿は 妻呼び響め 
春されば 岡辺も繁に 
巌には 花咲きををり 
あなあはれ 布当の原 
いと貴 大宮ところ 
うべしこそ 我が大君は 
君ながら 聞かしたまひて 
さす竹の 大宮ここと 
定めけらしも 万1050

 反歌二首
三香の原布当の野辺を清みこそ 大宮ところ 一には「ここと標刺し」といふ 定めけらしも 万1051
*三香の原の布当の野辺が清らかなので、<ここに縄張りをして>大宮所を定められたのでしょう。

山高く川の瀬清し百代まで 神しみゆかむ大宮ところ 万1052
*山は高く川の瀬は清い。百代の後まで神々しいであろう大宮所です。

我が大君 神の命の 
高知らす 布当の宮は 
百木もり 山は木高し 
落ちたぎつ 瀬の音も清し 
うぐひすの 来鳴き春へは 
巌には 山下光り 
錦なす 花咲きををり 
さお鹿の 妻呼ぶ秋は 
天霧らふ しぐれをいたみ 
さ丹つらふ 黄葉散りつつ 
八千年に 生れ付かしつつ 
天の下 知らしめさむと 
百代にも 変るましじき 
大宮ところ 万1053

 反歌五首
泉川行く瀬の水の絶えばこそ 大宮ところうつろひゆかめ 万1054
*泉川の瀬を流れる水がもし絶えることがあれば、大宮所も寂れることでしょう。

布当山山なみ見れば百代にも 変るましじき大宮ところ 万1055
*しかし布当山の山の連なりを見ると、これから百代にわたって変わらない大宮所です。

娘子らが続麻懸くといふ鹿背の山 時しゆければ都となりぬ 万1056
*娘子たちが作った麻を掛けるという鹿背の山も、時が経つと都になるのです。

鹿背の山木立を茂み朝さらず 来鳴き響もすうぐひすの声 万1057
*鹿背の山の木立は深いので、ウグイスが毎朝来ては鳴き声を響かせています。

狛山に鳴くほととぎす泉川 渡りを遠みここに通はず 一には「渡り遠みか通はずあるらむ」といふ 万1058
*狛山で鳴いているホトトギスは、泉川の渡し場が遠いので、ここまではやって来ません。

 春の日に、三香の原の荒墟を悲傷しびて作る歌一首 幷せて短歌
三香の原 久邇の都は 
山高み 川の瀬清み 
住みよしと 人は言へども 
ありよしと 我れは思へど 
古りにし 里にしあれば 
国見れど 人も通はず 
里見れば 家も荒れたり 
はしけやし かくありけるか 
みもろつく 鹿背山の際に 
咲く花の 色めづらしく 
百鳥の 声なつかしく 
ありが欲し 住みよき里の 
荒るらく惜しも 万1059

 反歌二首
三香の原久邇の都は荒れにけり 大宮人のうつろひぬれば 万1060
*三香の原の久邇の都は荒れてしまいました。なぜなら大宮人が移ってしまったからです。

咲く花の色は変らずももしきの 大宮人ぞたち変りける 万1061
*咲く花の色に変わりはありません。でも大宮人たちが移ったので、久邇の都が変わりました。

 難波の宮にして作る歌一首 幷せて短歌
やすみしし 我が大君の 
あり通ふ 難波の宮は 
鯨魚取り 海片付きて 
玉拾ふ 浜辺を近み 
朝羽振る 波の音騒ぎ
夕なぎに 楫の音聞こゆ 
暁の 寝覚に聞けば 
海石の 潮干の共 
浦洲には 千鳥妻呼び 
葦辺には 鶴が音響む 
見る人の 語りにすれば 
聞く人の 見まく欲りする 
御食向ふ 味経の宮は 
見れど飽かぬかも 万1062

 反歌二首
あり通ふ難波の宮は海近み 海人娘子らが乗れる舟見ゆ 万1063
*大君がお通いになる難波の宮は海が近いので海人や娘子たちが乗っている舟が見えます。

潮干れば葦辺に騒ぐ白鶴の 妻呼ぶ声は宮もとどろに 万1064
*干潮になると葦辺の白い鶴たちが妻を呼ぶ騒がしい鳴き声が宮に響いてきます。

 駿馬の浦を過ぐる時に作る歌一首 幷せて短歌
八千桙の 神の御代より 
百舟の 泊つる泊りと 
八島国 百舟人の 
定めてし 駿馬の浦は 
朝風に 浦波騒き 
夕波に 玉藻は来寄る 
白真砂 清き浜辺は
行き帰り 見れども飽かず 
うべしこそ 見る人ごとに 
語り継ぎ 偲ひけらしき 
百代経て 偲はえゆかむ 
清き白浜 万1065

 反歌二首
まそ鏡駿馬の浦は百舟の 過ぎて行くべき浜ならなくに 万1066
*駿馬の浦は、通る舟が素通りできるような浜ではないのです。

浜清み浦うるはしみ神代より 千舟の泊つる大和太の浜 万1067
 右の二十一首は、田辺福麻呂が歌集の中に出づ。
*浜は清く、浦は麗しい。神代の時代から、すべての舟が停泊する大和太の浜です。

〔参考〕
伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。
https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

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