1894、空気の液化~リンデ(独):アルケーを知りたい(702)

今回は物理学的。

空気の液化:空気を圧縮・冷却して液化したもの。沸点は1気圧のときマイナス190℃。用途は、分離して窒素と酸素を得る。

▼リンデのここが面白い:大学での研究成果を事業化して成功するリンデのストーリー展開が、最近取り上げたアッベ(694)やホレリス(699)と共通する。この3名は、研究開発と事業のバランスが良くて安定感がある点が特徴だ。あんまし派手なキャラでない点が共通するのが面白い。

リンデ Carl Paul Gottfried von Linde 1842年6月11日 - 1934年11月16日
 ドイツの技術者・経営者
【人物】父親は牧師。
【教育】1864(22) スイス連邦工科大学中退。
【活動/業績】1864-68(22-26) 大学中退後、大学のルーロー先生の世話で綿糸紡績工場で見習い。そこを辞めた後、機械製造工場や機関車工場で働く。
1868(26) ミュンヘン工科大学で講師。
1870-71(28-29) 冷凍技術の研究。醸造メーカーと冷凍装置を開発
1872(30) ミュンヘン工科大学で機械工学教授。
1873(31) 最初の商用設備を設置。特許取得。
1877(35) 圧気発火器のデモを行う。これを見た学生ディーゼル(19)が高圧内燃機関開発のヒントを得る。
1876(34) 信頼性が高く効率的な圧縮アンモニア冷蔵庫を発明
1879-90(37-48) 大学を辞めてリンデ製氷機会社を設立。醸造業・精肉業・冷凍倉庫業に747台販売。
1880(38) ディーゼル(22)が助手になり冷凍・製氷工場の設計と建設。ディーゼルを工場長にする。
1890(48) ミュンヘン工業学校の教授に戻り、新しい冷凍技術を開発。ディーゼルを研究開発部門の責任者にする。ディーゼルがアンモニアの蒸気を使った蒸気機関を開発中、爆発事故を起こし数カ月入院。
1892(50) ギネスビールから二酸化炭素の液化装置の注文を受け、超低温を研究
1893(51) ディーゼル(35)がディーゼルエンジンの特許を取得。
1894-95(52-53) 空気の液化を研究、成功
1895(53) 黒色火薬の代わりに液体酸素を使う液体酸素爆薬を発明。
1901-10(59-68) 液化空気を蒸留して液体酸素と液体窒素を分離する研究。息子と共同でLinde double-column法を完成、現在も使用。
1910-34(68-92) 会社の経営を息子たちに譲り、監査役・顧問。

【ネットワーク】
ルーロー Franz Reuleaux 1829年9月30日 - 1905年8月20日 ドイツの機械工学者。ベルリン工科大学で講師、学長。運動学の父。▼大学を中退したリンデに綿紡績工場で見習い職を世話した。

ディーゼル Rudolf Christian Karl Diesel 1858年3月18日 - 1913年9月29日 ドイツの機械技術者・発明家。1893(35) ディーゼルエンジンを発明。▼リンデの講演からディーゼルエンジンを着想する。リンデの会社の重役を務めた。

【似顔絵サロン】


















〔参考〕
『理科年表2022』
https://en.wikipedia.org/wiki/Carl_von_Linde

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