1836、アセチレン~デービー(英):アルケーを知りたい(638)
今回は化学。
用途:金属の切断、溶接。酸素で燃焼させると炎の温度は3,330 ℃になる。保管は褐色のボンベと決められている。照明用にも用いられる。
▼経緯。
1836年、イギリスのエドマンド・デービーが水素と炭素の化合物を発見。人工照明の可能性を示唆。
1860年、フランスのベルテロが再発見し「アセチレン」と命名。
▼エドマンド・デービーのここが面白い:(1)せっかく新発見しても名前も付けず、認知も広がらず、四半世紀経ってから別の人によって命名され工業生産が始まるという事例。なぜにそうなった?とエドマンド本人に聞きたくなる。
(2)エドマンドはファラデーの師匠ハンフリー・デービーの従弟。最初、てっきりハンフリーがアセチレンを見つけたのかと思ってしまった。
▼エドマンド・デービー Edmund Davy 1785年 - 1857年11月5日
イングランドの化学者
【人物】ハンフリー・デービーの従弟。
【教育】独学。
【職業】1804-12(19-27) ロンドンの王立研究所でハンフリー・デービーの助手。
1813(28) 王立コーク研究所で化学教授。
1826(41) 王立ダブリン協会で化学教授。
【業績】1836(51) 実験中に後にアセチレンと命名されるガスを発見。
【ネットワーク】
ハンフリー・デービー Humphry Davy 1778年12月17日 - 1829年5月29日 イギリスの化学者。ファラデーの師匠。
マルセラン・ベルトロ Pierre Eugène Marcellin Berthelot 1827年10月25日 - 1907年3月18日 フランスの化学者。生きている時代、世界で最も有名な化学者の1人と評された。▼1860(33) アセチレンを再発見し命名。
【似顔絵サロン】
〔参考〕
『理科年表2022』
https://en.wikipedia.org/wiki/Edmund_Davy
コメント
コメントを投稿