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万葉集巻第6_1026-1027番歌(ももしきの大宮人は)~アルケーを知りたい(1859)

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▼橘諸兄の家で宴会のときの歌の続き。前回に続く後半の二首。前の二首との関連はなさそう。宴会ではどういう流れでこの二首が出たのだろう。1026番は忙しくて自分の領地に行く暇がない大宮人を詠った作。これ、不在地主を揶揄しているのだろうか、と思ふ。1027番はそんな見方に対して、物思いしていることは人には分からんだろう、と返す。これも諸兄宅の宴会の一コマ。 ももしきの大宮人は今日もかも 暇をなみと里に行かずあらむ  万1026 *大宮人は今日も忙しいからといって領地に帰らないのだろうか。   右の一首は、右大臣伝へて「故 豊島采女 が歌」といふ。 橘の本に道踏む八衢に 物をぞ思ふ人に知らえず  万1027 *あれやこれやと物思いしているのだが、人には分かってもらえない。   右の一首は、右大弁 高橋安麻呂 卿語りて「故豊島采女が作なり」といふ。 ただし、或本には「 三方沙弥 、妻園臣に恋ひて作る歌なり」といふ。 しからばすなはち、豊島采女は当時当所にしてこの歌を口吟へるか。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6