万葉集巻第1_6番歌(山越しの風を時じみ)~アルケーを知りたい(1711)
▼今回の6番歌は長歌5番歌の反歌。歌の後に「右は、日本書紀に検すに」から始まる長めの解説文がついている。これによると軍王がいまだ詳らかにあらず、とあるので、5番と6番の作者が軍王なのかはっきりしなくなる。解説では山上憶良の本を参照した、とある。憶良は家持の父親、旅人と九州の筑紫で歌を詠んだ仲間。だから父親世代の人が残した本を参照した5番6番のなりたちを研究した、という話だ。それでもよく分からないまま。家持も首を傾げながら、調べた限りのことをメモした、という感じ。こちらも、はあ、そうですかあ、とか思いながらこの万葉歌を眺める。 反歌 山越しの風を時じみ寝る夜おちず 家にある妹を懸けて偲ひつ 万6 *山を越えた風が吹き続けるから、毎夜絶え間なく、家にいる妻を偲んでいます。 右は、日本書紀に検すに、讃岐の国に幸すことなし。 また、 軍王 もいまだ詳らかにあらず。 ただし、山上憶良大夫が類聚歌林に曰はく、 「紀には『天皇の十一年己亥の冬の十二月己巳の朔の壬午に、伊予の温湯の宮に幸す云々』といふ。 一書には『この時に宮の前に二つの樹木あり。 この二つの樹に斑鳩と比米との二つの鳥いたく集く。 時に勅して多に稲穂を掛けてこれを養はしめたまふ。 すなはち作る歌云々』といふ」と。 けだし、ここよりすなはち幸すか。 【似顔絵サロン】義慈王 ぎじおう 599年 - 660年 百済の第31代王(在位:641年 - 660年)。660年、白村江の戦いで百済が滅びる。最後の王。父は第30代の武王。子のひとりが扶余豊璋= 軍王 。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1