1928、ペニシリン~フレミング(英):アルケーを知りたい(753)
今回は化学。
▼フレミングのここが面白い:30代で感染症治療の現場を経験、40代で抗生物質を発見して論文発表するも評価が得られず、しかも精製法が確立できないまま10年が経過。しかし若手の学者がペニシリンを再発見し、精製法と量産法を確立。60代でペニシリンが絶大な効果を上げて普及するのを見届ける。30年間、諦めることなく続けた根性がすごい。
▼フレミング Alexander Fleming 1881年8月6日 - 1955年3月11日
スコットランドの細菌学者
【人物】父親は農家。
【教育】1903(22) ロンドン大学セント・メアリーズ病院医学校に入学。
1906(25) 同病院医学校で博士。
【活動/業績】
1900-14(19-33) ロンドン・スコットランド志願兵連隊の二等兵。医学校ライフル・クラブのメンバー。
1906-08(25-27) セント・メアリーズ病院医学校で細菌学者ライト(45)の助手。
1908-14(27-33) セント・メアリーズ病院医学校で講師。
1914-18(33-37) WWI。スコットランド志願兵連隊で中尉。王立陸軍医療隊に所属、海外派遣軍のフランス病院付属研究所でライトと共に兵士の感染症を治療。
1918(37) セント・メアリーズ病院医学校に復帰。感染症治療薬の探索を開始。
1928(47) ロンドン大学で細菌学教授。培養液から抗菌物質を発見し「カビ汁」「阻害剤」と呼ぶ。
1929(48) 抗菌物質をペニシリンと命名。
1930-40(49-59) ペニシリンの精製ができず、学会からの評価も得られない時期。
1939-45(58-64) WWII。
1940(59) フローリー(42)とチェーン(34)がペニシリンの精製法を開発。ペニシリンの再発見。
1945(64) フローリーとチェーンがペニシリンの大量生産法を開発。
1945(64) ノーベル生理学・医学賞受賞(ペニシリンの発見、および種々の伝染病に対するその治療効果の発見)。フローリー、チェーンと共同受賞。
1951-53(70-72) エジンバラ大学で学長。
【ネットワーク】
ライト Almroth Edward Wright 1861年8月10日 - 1947年4月30日 英国の細菌学者・免疫学者。▼フレミングの師匠。
フローリー Howard Walter Florey 1898年9月24日 - 1968年2月21日 イギリスの生理学者。▼1938(40) チェーンと共にフレミングが見つけたカビ由来の生成物質を調査し、抗菌活性成分の抽出を目指す。1945(47) ペニシリンの工業生産に成功。1945(47) ノーベル生理学・医学賞受賞(ペニシリンの発見、および種々の伝染病に対するその治療効果の発見)。
チェーン Ernst Boris Chain 1906年6月19日 - 1979年8月12日 ドイツ生まれのイギリスの生化学者。▼1938(32) フローリーと共同で天然の抗生物質の研究を開始。フレミングの研究を再発見。ペニシリンの純粋分離と濃縮法を研究。1945(47) ノーベル生理学・医学賞受賞(ペニシリンの発見、および種々の伝染病に対するその治療効果の発見)。
【似顔絵サロン】
〔参考〕
『理科年表2022』
https://en.wikipedia.org/wiki/Alexander_Fleming
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