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万葉集巻第八1646‐1650番歌(十二月には沫雪降ると)~アルケーを知りたい(1403)

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▼今回の5首を見ると万葉の時代の人は寒さに強かった、と思ふ。1646では自分から濡れてみようというくらいだから、との親しみ方が違うわ。私は雪で濡れたくないな。見るのは良いけど。1647は風に乱れ飛ぶ雪を花びらが舞っていると見立てた歌。そんな感じの画像が浮かんでくる。あとの3首も雪愛で暖かい。   小治田朝臣東麻呂 が雪の歌一首 ぬばたまの今夜の雪にいざ濡れな 明けむ朝に消なば惜しけむ  万1646 *今夜の雪に濡れてみようか。明日の朝になって消えてしまうと惜しいから。   忌部首黒麻呂 が雪の歌一首 梅の花枝にか散ると見るまでに 風に乱れて雪ぞ降り来る  万1647 *梅の花が枝に散っているのかと思うほど、雪が風に乱れるように降っています。  紀小鹿女郎が梅の歌一首 十二月には沫雪降ると知らねかも 梅の花咲くふふめらずして  万1648 *十二月に沫雪が降るのを知らないのでしょうか。梅の花が咲いていますよ、蕾にならないままま。  大伴宿禰家持が雪梅の歌一首 今日降りし雪に競ひて我がやどの 冬木の梅は咲きにけり  万1649 *今日降った雪と競うようにして、我が家の冬木の梅が花を咲かせました。  西の池の辺に御在して、肆宴したまふときの歌一首 池の辺の松の末葉に降る雪は 五百重降りしけ明日さへも見む  万1650  右の一首は、作者いまだ詳らかにあらず。ただし、豎子 安倍朝臣虫麻呂 伝誦す。 *池の回りに生えている松の葉に降る雪が、何重にも重なって積もっているので、明日も見ることにしましょう。 【似顔絵サロン】 小治田東麻呂  おはりだの あずままろ ? - ? 奈良時代の歌人。 忌部 黒麻呂  いんべ の くろまろ ? - ? 奈良時代の官人。歌人。759年、忌部首から忌部連へ上位の姓を賜わる。 阿倍 虫麻呂  あべ の むしまろ ? - 752 奈良時代の貴族・歌人。740年、藤原広嗣の乱を平定。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=8

万葉集巻第八1642‐1645番歌(引き攀ぢて折らば散るべみ)~アルケーを知りたい(1402)

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▼今回は雪を梅の花に見立てる趣向の歌。ふと 雪の結晶を研究した中谷宇吉郎 「雪は天から送られた手紙である」を思い出しました。1644は梅の枝の切り取り方が分かる歌。 引き攀ぢて折る、というから刃物を使ってないことが分かる。そんな乱暴な取り方だと花が散る、と思っていたら、それは承知の上だったことも分かる。この歌の作者は大伴旅人の従者。   安倍朝臣奥道 が雪の歌一首 たな霧らひ雪も降らぬか梅の花 咲かぬが代にそへてだに見む  万1642 *空に霧が出て雪が降らないかな。雪を梅の花に見立てたいから。   若桜部朝臣君足 が雪の歌一首 天霧らし雪も降らぬかいちしろく このいつ柴に降らまくを見む  万1643 *天に霧が出て雪でも降らないものか。このいつ柴に白く降り積もるところをみたいから。   三野連石守 が梅の歌一首 引き攀ぢて折らば散るべみ梅の花 袖に扱入れつ染まば染むとも  万1644 *引きちぎって折り取ろうとすると散ってしまう梅の花を袖に押し込みました。袖が梅の色に染まるなら染まっても良いと思って。   巨勢朝臣宿奈麻呂 が雪の歌一首 我がやどの冬木の上に降る雪を 梅の花かとうち見つるかも  万1645 *わが家の冬木の上に降る雪を梅の花に見立てて眺めています。 【似顔絵サロン】 安倍 奥道  あべ の おきみち ? - 774 奈良時代の貴族。764年の藤原仲麻呂の乱で、孝謙上皇側に付いて3階級昇進。 若桜部 君足  わかさくらべ の きみたり ? - ? 奈良時代の歌人。天皇に酒を献じたとき、盃に季節外れの桜の花びらが紛れ込んだのを機に稚桜部臣と改姓。 三野 石守  みの の いしもり ? - ? 奈良時代の人物。大伴旅人の従者。 巨勢 宿奈麻呂  こせ の すくなまろ ? - ? 奈良時代の貴族。長屋王の変のさい、邸で罪の糾問にあたる。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=8

万葉集巻第八1636‐1641番歌(沫雪に降られて咲ける)~アルケーを知りたい(1401)

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▼今回は冬の雑歌(ぞうか)。 相聞歌や挽歌じゃない歌。1636は、ちょっと謎。というのは、自分の家がある場所にはたくさん雪が降って欲しいという意味なのかな、今の感覚からすると変わってるな、と思ふ歌だから。1637と1638の「黒木もち造れる室」は樹皮を残した材木で建てた家、部屋、という意味で、そんな建て方には憧れるわーと思ふ。  冬雑歌  舎人娘子が歌一首 大口の真神の原に降る雪は いたくな降りそ家もあらなくに  万1636 *大口の真神の原に降る雪よ、激しく降らないで欲しいわ、私の家があるわけでもないから。  太上天皇( 元正天皇 )の御製歌一首 はだすすき尾花逆葺き黒木もち 造れる室は万代までに  万1637 *まだ穂を出してないススキや出たススキで屋根を葺いた木造の室はこれからずっと存在するでしょう。  天皇 ( 聖武 天皇 ) の御製歌一首 あおによし奈良の山なる黒木もち 造れる室は座せど飽かぬかも  万1638  右は聞くに「左大臣 長屋王 が佐保の宅に御在して 宴したまふときの御製」と。 *奈良山の材で樹皮を残して作った木の部屋は良いね、中にいて退屈しないよ。   角朝臣広弁 が雪梅の歌一首 沫雪に降られて咲ける梅の花 君がり遣らばよそへてむかも  万1641 *沫雪に降られて梅の花が咲いたように見える枝があります。これを貴方様にお贈りすれば同じように見立ててくださるでしょうか。 【似顔絵サロン】 元正天皇  げんしょうてんのう 680 - 748 第44代天皇。独身で即位した初めての女性天皇。母親は元明天皇。 聖武天皇  しょうむてんのう 701 - 756 第45代天皇。父親は文武天皇。 長屋王  ながやおう 676 - 729 奈良時代前期の皇親・政治家。高市皇子の長男。 角 広弁  つぬの ひろべ ? - ? 奈良時代の官吏。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=8

万葉集巻第八1587‐1591番歌(黄葉の過ぎまく惜しみ)~アルケーを知りたい(1400)

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▼1588と1589の「かざしつ」は黄葉の枝を頭のかんざしにする、と解釈しました。手に持ってかざす、というわけではないだろうと思って。1590は「風のまにまに」がナイスフレーズ。1591は「思ふどち」という好きな言葉があるので、好きになります。 あしひきの山の黄葉今日もか 浮かび行くらむ山川の瀬に  万1587  右の一首は 大伴宿禰書持 。 *奈良山の黄葉は今日も山あいの川の瀬を浮かんでは流れているのでしょう。 奈良山をにほほす黄葉手折り来て 今夜かざしつ散らば散るとも  万1588  右の一首は 三手代人名 。 *奈良山を彩っている黄葉を手折り、今夜かんざしにしました。後は散るなら散ってよろしい。 露霜にあへる黄葉を手折り来て 妹はかざしつ後は散るとも  万1589  右の一首は 秦許遍麻呂 。 *露霜に逢った黄葉を手折って参りました。妻が かんざし にしたので後は散ってもよろしい。 十月しぐれにあへる黄葉の 吹かば散りなむ風のまにまに  万1590  右の一首は 大伴宿禰池主 。 *十月の時雨に逢った黄葉は、風が吹けば散ります。風のまにまに。 黄葉の過ぎまく惜しみ思ふどち 遊ぶ今夜は明けずもあらぬか  万1591  右の一首は内舎人大伴宿禰家持。  以前は、冬の十月の十七日に、右大臣橘卿が旧宅に集ひて宴飲す。 *黄葉の季節が過ぎるのを惜しみ、仲間が集まって遊ぶ今夜は明けないで欲しいものです。 【似顔絵サロン】 大伴 書持  おおとも の ふみもち ? - 746 奈良時代の貴族・歌人。父親は大伴旅人。大伴家持の弟。 三手代人名  みてしろ の ひとな ? - ?  奈良時代の歌人。 秦許遍麻呂  はだ の こへまろ ? - ? 奈良時代の歌人。 大伴 池主  おおとも の いけぬし ? - 757 奈良時代の官人・歌人。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=8

万葉集巻第八1581‐1586番歌(手折らずて散りなば惜し)~アルケーを知りたい(1399)

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▼いまは冬。秋の風情たっぷりの歌を眺めるのも良き。1582や1583を見ると、雨の中を歩くのもわるくないなと思ふ。   橘朝臣奈良麻呂 、集宴を結ぶ歌十一首 手折らずて散りなば惜しと我が思ひし 秋の黄葉をかざしつるかも  万1581 *手折らないまま散ってしまうのは惜しいと思ったので、秋の黄葉をかざしました。 めづらしき人に見せむと黄葉を 手折りぞ我が来し雨の降らくに  万1582  右の二首は橘朝臣奈良麻呂。 *滅多にお目にかかれない人にお見せしようと、雨の中、黄葉を手折って参りました。 黄葉を散らすしぐれに濡れて来て 君が黄葉をかざしつるかも  万1583  右の一首は久米女王。 *黄葉を散らす時雨に濡れながらやって来ました。そして見たのが黄葉をかんざしにしている貴方様です。 めづらしと我が思ふ君は秋山の 初黄葉に似てこそありけれ  万1584  右の一首は 長忌寸 が娘。 *滅多にお目にかかれない貴方様は、秋の山の初黄葉のようでございます。 奈良山の嶺の黄葉取れば散る しぐれの雨し間なく降るらし  万1585  右の一首は内舎人 県犬養宿禰吉男 。 *奈良山の黄葉は取ろうとすると散るそうです。時雨のように間段なく散っているらしい。 黄葉を散らまく惜しみ手折り来て 今夜かざしつ何か思はむ  万1586  右の一首は 県犬養宿禰持男 。 *黄葉が散るのが惜しいので手折ってきました。今夜かんざしにして雑念なし、です。 【似顔絵サロン】 橘 奈良麻呂  たちばな の ならまろ 721 - 757 奈良時代の公卿。橘諸兄の子。橘奈良麻呂の乱の後、獄死。 長忌寸意吉麻呂  ながのいみきおきまろ ? - ? 持統・文武両朝の官人・歌人。渡来系。 県犬養 吉男  あがたいぬかい の よしお ? - ? 奈良時代の貴族。1585番は738年の作品。 県犬養 持男  あがたのいぬかいのもちお ? - ? 奈良時代の貴族。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=8

万葉集巻第八1574‐1580番歌(雲の上に鳴くなる雁の)~アルケーを知りたい(1398)

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▼雁の鳴き声、という文字を見ると、 鳴き声は聞こえないんだけども、 寒々とした情景のイメージが浮かんでくる。雁が鳴くと寒々しくて植物は紅葉する、という段取りになっているらしい。道にはみ出たススキをどかしながら道を進む。葉っぱに近づくと霜露が下りて、玉になっている。一人でもの思ったり、人に逢いたかったり。今回の7首もなかなかよ。  右大臣橘家( 橘諸兄 )にして宴する歌七首 雲の上に鳴くなる雁の遠けども 君に逢はむとた廻り来つ  万1574 *雲の上で鳴く雁と同じくらい遠く離れていますけれども、貴方様に会うために長い道をやって参りました。 雲の上に鳴きつる雁の寒きなへ 萩の下葉はもみちぬるかも  万1575  右の二首( 高橋安麻呂 の歌) *雲の上の 雁の鳴き声に寒さを感じます。萩の下葉が紅葉しました。 この岡に小鹿踏み起しうかねらひ かもかもすらく君故にこそ  万1576  右の一首は長門守 巨曾倍朝臣対馬 。 *この岡で 皆が 小鹿を追いかけるように生き生きと動き回るのも貴方様がいらっしゃるからこそ。 秋の野の尾花が末を押しなべて 来しくもしるく逢へる君かも  万1577 *秋の野の尾花を押し分けながらやってまいりました。貴方様にお目にかかるためです。 今朝鳴きて行きし雁が音寒みかも この野の浅茅色づきにける  万1578  右の二首は 安倍朝臣虫麻呂 。 *今朝、鳴きながら飛んで行った雁の寒々とした声のおかげで、この野の浅茅が紅葉しました。 朝戸開けて物思ふ時に白露の 置ける秋萩見えつつもとな  万1579 *朝、戸を開けて物を思っていると、白露を置いた秋萩が目にとまりました。 さお鹿の来立ち鳴く野の秋萩は 露霜負ひて散りにしものを  万1580  右の二首は 文忌寸馬養 。  天平十年戊寅の秋の八月の二十日 *雄鹿がやって来て鳴いている野原。その秋萩は、露霜が降りて散り果てています。 【似顔絵サロン】 橘 諸兄  たちばな の もろえ 684 - 757 奈良時代の皇族・公卿。吉備真備と玄昉が政治を補佐。 高橋 安麻呂  たかはし の やすまろ ? - ? 奈良時代の貴族。 巨曾倍 津嶋  こそべ の つしま ? - ? 奈良時代の貴族。738年、長門守。 阿倍 虫麻呂  あべ の むしまろ ? - 752 奈良時代の貴族・歌人。740年、藤原広嗣の乱を平定...

万葉集巻第八1570‐1573番歌(春日野にしぐれ降る見ゆ)~アルケーを知りたい(1397)

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▼昨夜から雨。1570の応用で、ここにありて銀座やいづち雨障み出て行かねば恋ひつつぞ居る。1571の応用、調布ヶ丘にしぐれ降る見ゆ明日よりは黄葉かざさむ深大寺の山。地名を織り込むと身近になるなあ。ついでに1573の応用、冬の雨に濡れたくあらずいやしかど我が妹がやどし出ていかずかも。   藤原朝臣八束 が歌二首 ここにありて春日やいづち雨障み 出でて行かねば恋ひつつぞ居る  万1570 *ここからみて春日はどの方向にあるでしょうか。雨で外出がままならず恋しい気持ち。 春日野にしぐれ降る見ゆ明日よりは 黄葉かざさむ高円の山  万1571 *春日野に時雨が降るのが見えます。明日から 高円の山 は黄葉するでしょう。  大伴家持が白露の歌一首 我がやどの尾花が上の白露を 消たずて玉に貫くものにもが  万1572 *我が家の尾花に降りた白露を消さないで数珠玉にできないものかな。   大伴利上 が歌一首 秋の雨に濡れつつ居ればいやしかど 我が妹がやどし思ほゆるかも  万1573 *秋の雨に濡れると、質素ですけど妻の家が恋しく思えてきます。 【似顔絵サロン】 藤原 真楯  ふじわら の またて 初名は 八束  やつか 715 - 766 奈良時代の公卿。藤原北家の祖・藤原房前の三男。 大伴 村上  おおともの むらかみ ? - ? 奈良時代の官吏。利上は村上の誤り。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=8