投稿

万葉集巻第二十4377-4378番歌(月日やは過ぐは行けども)~アルケーを知りたい(1634)

イメージ
▼今回の二首は防人になって家を離れた後、両親を思う歌。4377番は母が玉であれば髪飾りにしていつも身に付けていられるのに、と詠う。4378番は家を離れて時間が経っても両親の姿が忘れられない、と詠う。 母刀自も玉にもがもや戴きて みづらの中に合へ巻かまくも  万4377  右の一首は 津守宿禰小黒栖 。 *母親が玉になってくれたら髪に刺す櫛と一緒に身に付けているのだけど。 月日やは過ぐは行けども母父が 玉の姿は忘れせなふも  万4378  右の一首は都賀の郡の上丁 中臣部足国 。 *月日は過ぎていくけれど、両親の貴いお姿は忘れようにも忘れられない。 【似顔絵サロン】 津守 小黒栖  つもり の おぐるす ? - ? 奈良時代の防人・歌人。下野国の出身。755年、防人として筑紫に派遣。 中臣部 足国  なかとみべ の たるくに ? - ? 奈良時代の防人。下野の出身。755年、防人の上丁として筑紫に派遣。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集四』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=20

万葉集巻第二十4375-4376番歌(松の木の並みたる見れば)~アルケーを知りたい(1633)

イメージ
▼4375番は、目に入った松の木林を見て、自分が出立するとき見送った家人を思い出すという内容で、しみじみする。4376番は出立前に両親に報告しなかったことを悔いている内容で、これもしみじみする。 松の木の並みたる見れば 家人の我れを見送ると立たりしもころ  万4375  右の一首は火長 物部真島 。 *松の木の並木を見ると、家の者たちが私を見送っているときの様子を思い出す。 旅行きに行くと知らずて母父に 言申さずて今ぞ悔しけ  万4376  右の一首は寒川の郡の上丁 川上臣老 。 *防人のために出かけることを両親に報告しないまま出かけたのが今になって心残りだ。 【似顔絵サロン】 物部 真嶋  もののべ の ましま ? - ? 奈良時代の防人。下野国の出身。755年、防人の火長として筑紫に派遣。 川上 老  かわかみ の おゆ ? - ? 奈良時代の防人。下野国寒川郡の出身。755年、防人の上丁として筑紫に派遣。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集四』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=20

万葉集巻第二十4373-4374番歌(今日よりはかへり見なくて)~アルケーを知りたい(1632)

イメージ
▼4373番は、これからの意気込みを詠った作品。そのために「今日からは (故郷の人びと、風景の、思い出を) 顧みない」と決意を述べる。4374番は、神に無事を祈ってから目的地の筑紫へと矢のように進むのだ、と意気込みを詠う。 そして両者とも大君の楯となって前線に立つ。国の守り手の心が伝わる。 今日よりはかへり見なくて大君の 醜の御楯と出で立つ我れは  万4373  右の一首は火長 今奉部与曾布 。 *今日からは後ろは振り返らず、大君の楯となって前線に立つのだ、私は。 天地の神を祈りてさつ矢貫き 筑紫の島をさして行く我れは  万4374  右の一首は火長 大田部荒耳 。 *天と地の神に祈りを捧げて、私は矢が貫くように筑紫の島を目指して進むのだ。 【似顔絵サロン】 今奉部 与曽布  いままつりべ の よそふ ? - ? 奈良時代の防人。下野国の出身。755年、防人の火長として筑紫に派遣。火長とは、律令軍団制では10人で1火という単位が編成され、その長。 大田部 荒耳  おほたべ の あらみみ ? - ? 奈良時代の防人。下野国の出身。755年、防人として筑紫に派遣。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集四』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=20

万葉集巻第二十4371-4372番歌(橘の下吹く風のかぐはしき)~アルケーを知りたい(1631)

イメージ
▼防人が家を離れて思い出すのは故郷の筑波山。それも風に運ばれてくる橘の花の匂い。4341番から、居心地の良い里を離れて心細くなっている気持ちが伝わる。 4372番は里から難波津までの道中、「荒し男」として振る舞っていたが、馬が立ち止まったタイミングで見送ってくれた人たちの気持ちを思い出して無事の帰還を祈った、という「優し男」の心が伝わる歌。 橘の下吹く風のかぐはしき 筑波の山を恋ひずあらめかも  万4371  右の一首は助丁 占部広方 。 *橘の花の下を吹き抜ける風がかぐわしい筑波山を恋しく思い出す。 足柄の み坂給へり かへり見ず 我れは越え行く 荒し男も 立しやはばかる 不破の関  越えて我は行く 馬の爪 筑紫の崎に 留まり居て 我れは斎はむ 諸は 幸くと申す 帰り来までに 万4372  右の一首は、 倭文部可良麻呂 。 *足柄の坂も、不破の関も私はずんずんと進むのだ。でも筑紫の崎で馬が立ち止まったとき、見送ってくれた人を思い出し無事に帰還できるようにと祈りました。 二月の十四日、常陸の国の部領防人使大自目正七位上 息長真人国島 。 進る歌の数十七首。 ただし、拙劣の歌は取り載せず。 【似顔絵サロン】 占部 広方  うらべ の ひろかた ? - ? 奈良時代の防人。常陸国の出身。755年、防人の助丁として筑紫に派遣。 倭文部 可良麻呂  しとりべ の からまろ ? - ? 奈良時代の防人。常陸国の出身。755年、防人として筑紫に派遣。 息長 国島  おきながのくにしま ? - ? 奈良時代の官吏。常陸国の防人部領使。家持に4363番から4372番の防人の歌17首を進上した。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集四』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=20

万葉集巻第二十4369-4370番歌(霰降り鹿島の神を祈りつつ)~アルケーを知りたい(1630)

イメージ
▼今回は二首でワンセットになっている歌。4369番で俺の妻は夜も昼も可愛いんだよなあ、とのろけ、4370番で、いやいやおれは天皇の軍人として来ているのだった、何考えてんだよ自分、みたいな調子。自分で自分を律している様子、そんな率直な歌を収録した家持。 筑波嶺のさ百合の花の夜床 (ゆとこ) にも 愛 (かな) しけ妹ぞ昼も愛しけ  万4369 *百合の花のように夜も昼も可愛い妻であるよ。 霰 (あられ) 降り鹿島の神を祈りつつ 皇御 (すめらみ) 軍士 (くさ) に我れは来にしを  万4370  右の二首は那賀の郡の上丁 大舎人部千文 。 *鹿島の神に祈りながら、天皇の軍人として私はやって来たのだが。 【似顔絵サロン】 大舎人部 千文  おおとねりべ の ちふみ ? - ? 奈良時代の防人。常陸国那賀郡の人。755年、防人の上丁として筑紫に派遣。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集四』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=20

万葉集巻第二十4367-4368番歌(我が面の忘れもしだは)~アルケーを知りたい(1629)

イメージ
▼4367番は、家にいる妻への筑波山を見て私を思い出してね、というメッセージ。防人の任期は3年くらい。その長い別れを思うと、自分を偲ぶのに筑波山を持ち出したのだろう。切ない。4368番は、戻ってくるぞという気持ちを表明する歌。 ま楫しじ貫き のフレーズは4363番の 八十楫 (やそか) 貫き と似ている。たくさんのオールが船から出ている様子のイメージ。 我が面 (もて) の忘れもしだは筑波嶺を 振り放け見つつ妹は偲はね  万4367  右の一首は茨城の郡の 占部小竜 。 *私の顔を忘れそうになったら、妻には筑波山を見て思い出してほしい。   久慈川は幸 (さけ) くあり得て潮船に ま楫しじ貫き我は帰り来む  万4368  右の一首は久慈の郡の 丸子部佐壮 。 *久慈川は幸い多い。船に乗って私は戻って来るぞ。 【似顔絵サロン】 占部 小龍  うらべ の をたつ ? - ? 奈良時代の防人。常陸国茨城郡の出身。755年、防人として筑紫に派遣。 丸子部佐壮  まろこべのすけを ? - ? 奈良時代の防人。常陸国久慈郡の出身。755年、防人として筑紫に派遣。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集四』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=20

万葉集巻第二十4365-4366番歌(おしてるや難波の津ゆり)~アルケーを知りたい(1628)

イメージ
▼今回は一人で二首詠んでいずれも採用された歌。4365番は( 昨日の4363番と同じ く)難波津からさあ出発というタイミングの歌。行く先の筑紫のことではなく、家に残っている妻に思いを馳せている。4366番は、できることならその思いを書いて常陸の妻に知らせたいのに、と詠う。防人に出ると、それまでの生活がガラリと変わるのだ。 おしてるや難波の津ゆり船装着ひ 我れは漕ぎぬと妹に告ぎこそ  万4365 *照り輝く難波の津で出航の準備が整った。私は今出発すると妻に伝えて欲しい。 常陸さし行かむ雁もが我が恋を 記して付けて妹に知らせむ  万4366  右の二首は信太の郡の 物部道足 。 *常陸方面に飛んでいく雁はいないものか。私の思いを書いた手紙を妻に伝えて欲しいから。 【似顔絵サロン】 物部 道足  もののべ の みちたり ? - ? 奈良時代の防人。常陸国信太郡の出身。755年、防人として筑紫に派遣。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集四』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=20