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万葉集巻第7_1083番歌(霜曇りすとにかあるらむ)~アルケーを知りたい(1902)

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▼今回は、霜曇り、夜渡る月、という二つの言葉が印象的な歌。しかもちょっと寒そう。ただ「霜曇りすとにかあるらむ」が謎。というのは、霜曇りになるだろう、という意味にもなりそうだから。そうすると、下の句が予測になる。その可能性もあるけど、ここでは作者が月が見えないのでその理由を詠った歌だ、と思ふことにしました。 霜曇 (しもぐも) りすとにかあるらむひさかたの 夜渡る月の見えなく思へば  万1083 *霜をふらす雲に隠れてしまったのだろうな、夜の月をわたるが見えないのは。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1082番歌(水底の玉さへさやに)~アルケーを知りたい(1901)

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▼今回の歌の言いまわし方は印象的。そうか、月の明かりで水底の玉まで見えそうなくらいか、と。落ち着いて考えると、なぜ玉を持ち出したのだろう。葉っぱ、木の枝、貝殻、沈んだ花でも良いかも知れないのに。これはイメージの歌だから、月の光に渡り合うために玉を持ってきたのだろう、と思ふ。いやちょっと待てよ、透明な水晶玉だと全く見えないから、きっと白玉だ。 水底の玉さへさやに見つべくも 照る月夜かも夜の更けゆけば  万1082 *水の底に沈んだ玉がはっきりと見えそうなほど 明るい月夜です。夜が更けるにつれて。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1081番歌(ぬばたまの夜渡る月を)~アルケーを知りたい(1900)

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▼今回の歌の第一印象は、夜空を移動する月を眺めているうちに夜露で服が湿るなんてことがあるのだろうか、だった。でもしばらく考えて見ると、そういうこともあるかも、という気がしてきた。しばらく夜露で湿ってなかったので忘れたなー。 ぬばたまの夜渡る月をおもしろみ 我が居る袖に露ぞ置きにける  万1081 *夜空を渡る月を面白く眺めているうち袖が露で湿っているのに気づいた。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1080番歌(ひさかたの天照る月は)~アルケーを知りたい(1899)

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▼今回の歌のキモは「年は経につつ」だ。だから、この歌は人の老いを月に託して嘆いているのだ。月は毎晩、再起動して姿を現す。それに対して人は・・・という感慨だ。 ひさかたの天照る月は神代にか 出で反るらむ年は経につつ  万1080 *天の月は神代の時代に立ち戻ってまた出て来るのだろうか。地上の年は経つばかりなのだが。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1079番歌(まそ鏡照るべき月を)~アルケーを知りたい(1898)

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▼月が出ているはずなのに見えない。その理由を推理した歌。理科の話を和歌で表現した趣 。まそ鏡と白栲を取り去ると「照るべき月を雲か隠せる。(あるいは)天つ霧かも」となって分かりやすい。でもストレート過ぎ。枕詞が入るとクッションと味わいの効果が出て来る。同じことを表現するにしても、方法はいろいろあるのだなあ。 まそ鏡照るべき月を白栲の 雲か隠せる天つ霧かも  万1079 *鏡のように照るはずの月を隠しているのは、白栲のような雲かそれとも天の霧か。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1078番歌(この月のここに来れば)~アルケーを知りたい(1897)

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▼今回の歌を見て、そういえば、60年くらい前、家の玄関先で人を待つ様子を描いた漫画を見たような。玄関前に立って人や郵便を待つ姿があった時代だ。この歌もその源流で、妻が夫の帰りを、月の位置から割り出して、そろそろだろうと思って待つという話。天空が時計なんだ。 この月のここに来れば今とかも 妹が出で立ち待ちつつあるらむ  万1078 *空の月がこの場所に来れば今にも着くはず、と思って妻が玄関先で待っているだろう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1077番歌(ぬばたまの夜渡る月を)~アルケーを知りたい(1896)

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▼今回の作品は印象に残る面白い歌。月の歌を眺めているうちに、山に沈む月を見たくなる。太陽は毎日出入りしているので晴れていれば見られるけど、月はなかなかだ。今週は曇りの日ばかりだから、しばらくはお目にかかれない。そうなると、月の歌がありがたい存在になる。 ぬばたまの夜渡る月を留めむに 西の山辺に関もあらぬかも  万1077 *夜空を通り過ぎる月を留めるために西の山に関所があればよいのに。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1076番歌(ももしきの大宮人の)~アルケーを知りたい(1895)

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▼月の明かりだけで宴を張れるものか?と思うが、万葉時代の人はやれてたのだなあ。月に対する人の感覚は今より鋭敏そう。月のおかげで夜の風景が見えていた時代。新月から満月まで月の変化が夜の景色の見え方の違いになっていた、と思うと、なんかすごい。月のない夜は外に出られたもんじゃなさそう。 ももしきの大宮人の罷り出て 遊ぶ今夜の月のさやけさ  万1076 *大宮人が集まって宴会をして遊んでいます。今夜の月が良いから。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1075番歌(海原の道遠みかも)~アルケーを知りたい(1894)

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▼今回の歌、詠み手は今夜の月はちょっと暗いと感じている。月は「そう言われましても、、、いつも通り照ってますけど」と言いそう。両者の 間に立つ 読み手としては、ちょっとおろおろ(笑)。 海原の道遠みかも月読の 光少なき夜は更けにつつ  万1075 *海原を渡る道のりが長いせいか、月の光が物足りないまま夜が更けています。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1074番歌(春日山おして照らせる)~アルケーを知りたい(1893)

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▼月の光(照らし出される風景)を見ながら離れたところにいる妻に思いを馳せる。エレガントな歌。今の時代、こういう風景を見る体験ってできるのだろうか。こういう風景というのは、山が月に照らし出される風景。どこかで電灯が点いている(それが安心なんだけど)。春日山どこかで灯る電灯は 妹が庭にもさやけくありけり。これはちょっと無理がある。 春日山おして照らせるこの月は 妹が庭にもさやけくありけり  万1074 *春日山一帯を照らすこの月は、妻の庭にも清らかに照っているのだろう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1073番歌(玉垂の小簾の間通し)~アルケーを知りたい(1892)

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▼この作品は、いくら良い夕月でも 独りぼっちは嫌だ、寂しい、とブーたれる歌。やっぱり人は気心通じる人と一緒にいるのが楽しいのだ。一人より二人のほうが何倍も楽しい。 玉垂の小簾の間通しひとり居て 見る験なき夕月夜かも  万1073 *ブラインドごしに一人で見る夕月なんて味気ないったらありゃしない。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1072番歌(明日の宵照らむ月夜は)~アルケーを知りたい(1891)

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▼今回の歌、何を言ってるのだろう?と 最初は 思った。明日照る分の月を今夜に付け加えるという話なんだが。つまり今夜がナイスなので名残惜しい、長く続いて欲しいという意味だ。月夜の時間を融通できるとは知らんかった。 明日の宵照らむ月夜は片寄りに 今夜に寄りて夜長くあらなむ  万1072 *明日の夜の分も今日の月夜に寄せてできるだけ長くあって欲しい。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1071番歌(山の端にいさよふ月を)~アルケーを知りたい(1890)

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▼今回は月が出るのを待つ歌。日の出待ちはあるあるだけど月の出待ちは・・・思い出そうとするが 記憶も経験もなかったので、新鮮。月の動きになんと鈍感だったことか。かといって敏感になれそうもない。友人と飲み屋を探して町をうろついているときビルの間に月が見えて良いなと思った記憶はあるのですが。 山の端にいさよふ月を出でむかと 待ちつつ居るに夜ぞ更けにける  万1071 *山の端っこで出待ちする月を待っているうちに夜が更けていきます。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1070番歌(ますらをの弓末振り起し)~アルケーを知りたい(1889)

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▼今回の歌の「猟高の野辺」はどんな場所なのだろう、と思って調べると 奈良の高円山とその周りの野原のようだ。高円山は標高が432m。ということは、月の光に照らされた野原を小高いところから見た歌だ。明かりのない時代。月夜だから山も歩けたのだろう。 ますらをの弓末 (ゆずゑ) 振り起し猟高 (かりたか) の 野辺 (のへ) さへ清く照る月夜かも  万1070 *今夜は、猟高の草原をきれいに照らし出す月夜だ。 (「益荒男の弓末振り起し」をまるっと省略) 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1069番歌(常はかつて思はぬものを)~アルケーを知りたい(1888)

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▼今回の歌の「常はかつて思はぬものを」という言い方、良いなと思ふ。見慣れているはずなのに、なぜか新鮮に感じられる感覚。自分に何か変化が起きたのだろう。月を詠む歌はこれからしばらく続く。    月を詠む 常はかつて思はぬものをこの月の 過ぎ隠らまく惜しき宵かも  万1069 *今までは思わなかったが、あの月が山に隠れてしまうのが惜しい宵だ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=7

万葉集巻第7_1068番歌(天の海に雲の波立ち)~アルケーを知りたい(1887)

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▼今回から巻7。巻7は巻6の延長、という位置付け。雑歌から始まる。トップバッターが星の林に月の舟が進む、という幻想的な作品。夜空はそんなふうに見立てられるのかと驚く。自分は近視で月くらいしか見えないので。天の海、雲が波、星が林の中を月の舟が漕ぎ進む。時には雲に隠れながら。巻7も作者が分からない歌ばかり。1068番は後書きに、人麻呂歌集に載っていると書いてある。  雑歌  天を読む 天の海に雲の波立ち月の舟 星の林に漕ぎ隠る見ゆ  万1068 *天を海に見立てると雲の波が立っています、そこに月の舟が星の林の間を見え隠れしながら進んでいるのが見えます。   右の一首は、柿本朝臣人麻呂が歌集に出づ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=

万葉集巻第6_1066-1967番歌(まそ鏡駿馬の浦は)~アルケーを知りたい(1886)

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▼今回は巻6を締める歌。長歌に続く反歌で、神戸の海岸を褒める歌。740年からの遷都、遷都を反映する落ち着かない歌が続いたが、最後は明るい歌で閉じる。読み手の気持ちも和らぐ。とはいえ、聖武天皇の時代は藤原広嗣の乱が起ったように、いろいろ大変だったようだ。遷都に次ぐ遷都は、天皇の心の状態だったようにも思える。次回から巻7。  反歌二首 まそ鏡駿馬の浦は百舟の 過ぎて行くべき浜ならなくに  万1066 *敏馬の浦は見どころのスポットですから、浜を素通りする舟はありません。 浜清み浦うるはしみ神代より 千舟の泊つる大和太 (おほわだ) の浜  万1067 *浜は清らかで、浦は素晴らしいので、神代の時代から舟という舟がすべて停泊する大和太の浜です。  右の二十一首は、田辺福麻呂が歌集の中に出づ。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1065番歌(八千桙の神の御代より)~アルケーを知りたい(1885)

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▼今回の歌は、いままでの遷都を寂しがる調子から離れて、 神戸港の東にある利便性の良い敏馬の浦を褒めた長歌 。肩の力が抜けた風情がよろしき。   敏 馬 (みぬめ) の浦 を過ぐる時に作る歌一首  幷せて短歌 八千桙の 神の御代より 百舟の 泊つる泊りと 八島国 百舟人の 定めてし  敏馬の浦 は 朝風に  浦波騒き 夕波に  玉藻は来寄る 白真砂 清き浜辺は 行き帰り 見れども飽かず うべしこそ 見る人ごとに 語り継ぎ 偲ひけらしき 百代経て 偲はえゆかむ 清き白浜 万1065 *神の時代から多くの舟が泊まるところと定めていた敏馬の浦は見ても見ても飽きないところだから語り継がれてきたのだ。これから先もずっと偲ばれる清らかな白浜です。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1063-1964番歌(あり通ふ難波の宮は)~アルケーを知りたい(1884)

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▼難波津の宮を詠う反歌二首。海にとても近い場所であることが分かる。遷都先としてはどうなんだろう・・・。結果、1年のうちに平城京に戻る。この10年後の755年、難波津は東国から集まった防人が筑紫に船で移動する拠点になる。家持が防人の歌を収集した場所だ。  反歌二首 あり通ふ難波の宮は海近み 海人娘子らが乗れる舟見ゆ  万1063 *大君がお通いになる難波の宮は海が近いので、海人娘子たちが乗る舟が見えます。 潮干ふれば葦辺に騒く白鶴の 妻呼ぶ声は宮もとどろに  万1064 *干潮になると葦辺に白鶴が飛んで来ます。妻を呼ぶ鳴き声が宮じゅうに響きます。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6

万葉集巻第6_1062番歌(やすみしし我が大君の)~アルケーを知りたい(1883)

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▼740年の 藤原広嗣の乱の後、5年間、遷都が続いた。まず 740年、平城京から久邇京に遷都するも743年に造営中止、744年に難波京に遷都、745年平城京に遷都。今回の歌は難波の宮で作られた作品。海の近くだけあって、潮の香りがしてきそう。  難波の宮にして作る歌一首  幷せて短歌 やすみしし 我が大君の あり通ふ 難波の宮は 鯨魚取り 海片付きて 玉拾ふ 浜辺を近み 朝 羽振る 波の音騒ぎ 夕 なぎに 楫の音聞こゆ 暁 の 寝覚に聞けば 海石の 潮干の共 浦洲 には 千鳥妻呼び 葦辺 には 鶴が音響む 見る人 の 語りにすれば 聞く人 の 見まく欲りする 御食向ふ 味経の宮は 見れど飽かぬかも 万1062 *我が大君が通う難波の宮は浜辺が近いので朝夕動きが盛んで賑やかです。その様子を見たり聞いたりしたい人が後を絶ちません。たしかに難波の宮は見ても飽きることがないのです。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集二』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=6