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万葉集巻第1_67番歌(旅にしてもの恋しさに)~アルケーを知りたい(1772)

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▼天皇の行幸に同行する官人の歌。家が恋しい、鶴の声も聞こえない、と詠う。マイペースだ(笑)。 旅にしてもの恋しさに鶴 (たづ) が音も 聞こえずありせば恋ひて死なまし  万67 *旅に出ていてもの恋しいとき、鶴の声も聞こえないとなると、家が恋しくて死にそうです。  右の一首は 高安大島 。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_66番歌(大伴の高石の浜の)~アルケーを知りたい(1771)

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▼今回は、太上天皇(文武天皇)が難波に行幸したとき同行した宮人の歌。旅先では寝にくい、家が恋しいと詠っている。やはり枕が違うとダメです、という。確かに、松の根ではしっくり来ないのだろう。 太上天皇、難波の宮に幸す時の歌 大伴の高石の浜の松が根を 枕き寝れど家し偲はゆ  万66 *高石の浜の松の根を枕にして寝ています。やはり家が恋しいです。  右の一首は 置始東人 。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_65番歌(霰打つ安良礼松原住吉の)~アルケーを知りたい(1770)

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▼万葉集は全部漢字でひらがながないので、読むのは大変なことだったと思う。今回の65番歌は漢字が多いので、これだけでも読み解く難しさが分かりました。 長皇子の御歌 霰打つ安良礼松原住吉 (あられまつばらすみのえ) の 弟日娘子 (おとひをとめ) と見れど飽かぬかも  万65 *霰が降って打ちつける安良礼松原住吉と弟日娘子は、見ても見ても見飽きることがありません。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_64番歌(葦辺行く鴨の羽交ひに)~アルケーを知りたい(1769)

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▼寒い日の鴨の歌。多摩地域を流れる野川。寒い日、岸で14羽の鴨が同じ方を向いてうろうろしている様子を見ました。羽交に霜が降りるほどの冷え込みではありませんでした。鴨は存在そのものが歌になってるようです。  慶雲三年丙午に、難波の宮に幸す時、 志貴皇子 の作らす歌 葦辺 (あしへ) 行く鴨の羽交 (はが) ひに霜降りて 寒き夕は大和し思ほゆ  万64 *葦辺を行く鴨を見ると、羽の合わさったところに霜が降りています。こんな寒い夕べは大和を思い出します。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_63番歌(いざ子ども早く日本へ)~アルケーを知りたい(1768)

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▼そうだったんだ、山上憶良は遣唐使のメンバーで唐で勉強していたことあったんだと改めて認識しました。序に大唐と本郷が並列している。本郷、すげえ(東大本郷キャンパス、すげえと思いました)。   山上臣憶良 、大唐に在る時に、本郷を憶ひて作る歌 いざ子ども早く日本へ大伴の 御津の浜松待ち恋ひぬらむ  万63 *さあ皆さん、早く日本に戻りましょう。難波津の松も私たちを待ち焦がれているでしょう。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_62番歌(在り嶺よし対馬の渡り)

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▼700年代に日本から船で唐を往復するのは並大抵じゃなかった。今回の歌はそういう旅事情の時代、遣唐使として船に乗ることになった三重連 (みののむらじ) に春日蔵老が贈った道中安全を祈る歌。 三重連 名は欠けたり 入唐する時に、 春日蔵首老 が作る歌 在り嶺 (ありね) よし対馬の渡り海中 (わたなか) に 幣 (ぬさ) 取り向けて早 (はや) 帰り来ね  万62 *対馬から大陸に向かう海路に航海の安全を祈る幣を捧げて、無事に早く戻って来てください。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1

万葉集巻第1_61番歌(ますらをのさつ矢手挟み)~アルケーを知りたい(1766)

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▼今回の歌は構造が面白い。「ますらをのさつ矢手挟み立ち向ひ射る」までは「円方」の序。本体は「円方は見るにさやけし」。現在の円方は 三重県松阪市の万葉遺跡。伊勢湾に流れ込む川の一帯。娘子に歌にしてもらうと土地のバリューが上がるのだ。 舎人娘子、従駕にして作る歌 ますらをのさつ矢手挟み立ち向ひ 射る円方 (まとかた) は見るにさやけし  万61 *益荒男が幸い多い矢を手に挟み持って立ち向かい射る的。そんな的=円方の地はとても爽やかです。 〔参考〕 伊藤博訳注『新版 万葉集一』角川ソフィア文庫。 https://manyo-hyakka.pref.nara.jp/db/dicDetail?cls=d_kanno&dataId=1